寺院史を黒く彩るもう一つの「お坊さん」

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ご挨拶

善逝(ぜんぜい)と申します。

ご縁あって、このなないろでブログ記事を掲載いただくこととなりました。

仏教にまつわる歴史的なお話しですとか、参拝や、仏事の作法などなど・・

いろいろお伝えしていきたいと思っています。

よろしくお願いいたします。

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エピソードⅠ

あなたは、「お坊さん」って聞いて、どんな人物を思い浮かべますか?

近所のお寺さんの住職さん
〇〇大師さん
三蔵法師さん
一休さん・・などなど

他に、
武蔵坊弁慶さん
などもいらっしゃいますかね。

しかし、不思議に思ったことはないですか?

「刀を持って歩き回るお坊さんって何者?」って。

今回は、お坊さんの”種類”について、歴史的な話から説明していきます。

仏教が日本に入ってきた頃、僧侶は生産活動をしないために、免税権が与えられていました。
奈良時代に入って、古代中央集権の色が強くなり、僧侶になって村から逃げ出そうとする人も多かったようです。
こうしたこともあって、徐々に国が僧侶の資格を与えるという仕組みが作られていきます。いわゆる官僧という存在です。
このため、僧侶は一種のエリートしか選ばれなくなっていきます。

ところで、日本国中に国分寺、国分尼寺が作られた奈良時代、もちろん護国仏教という国策で作られたものですが、そのお寺の本尊の多くは薬師如来です。本尊は釈迦如来とする天皇の詔勅(しょうちょく※平易には命令)とは異なるという話もありますが、少なくとも事実としては薬師仏が多く祀られているのに間違いはありません。

国策として、流行病の平癒を時の天皇をはじめ、大きな願いとして、薬師仏に込められたものと思われます。

病気は人を選ばず、誰に対しても平等に感染するものですが、疫病やその他の苦しみを除いてくださる仏教の仏様に、誰もがあこがれを抱くことも自然のなりゆきで、仏様にあこがれを持ちながらも、多くの人は僧侶になれないという時代の雰囲気も作られました。

そして時代が下って、阿弥陀信仰が盛んになった平安時代には、阿弥陀仏の極楽浄土に憧れた「僧でない人」が念仏を唱え、大きなお寺の片隅に集まっていきます。

この念仏を唱える集団はやがて浄土宗、浄土真宗、時宗などの母体になっていきます。

この三宗は、民衆に近いという意味合いの言葉がよく使われますが、その理由はこうした歴史的な背景にあります。

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エピソードⅡ

ここまで、寺院には、国から認められた僧侶と、そうでない人がいるという話をしました。

わかりにくいので、ここからは、国から認められた僧侶を「学侶」、そうでない人を「衆徒」と呼ぶことにします。

実際、また、衆徒で目立つ存在としては、鎌倉時代初期に、東大寺にいた重源上人(ちょうげんしょうにん)がいます。

彼は浄土宗祖、法然上人(ほうねんしょうにん)を支持し、南無阿弥陀仏と号した人ですが、重源上人を支持する念仏の集団は、日本国中に勧進という活動を行い、寄付を呼びかけ、平家の焼き討ちにあった東大寺の復興に尽力しました。

あの東大寺南大門と金剛力士像は、重源上人がいなければもっと復興は遅れていたでしょう。

この時代すでに、お寺の経済的活動に、衆徒の存在は無視できなくなっていて、お寺の運営にも関わるようになっています。

また、経済的な面だけでなく、軍事的な面でも衆徒は目立ってきます。

いわゆる僧兵と呼ばれる集団です。

奈良時代にはすでに寺院は権力を持つ存在となっていました。

そして、権力を下支えするものが「土地」でした。

日本は江戸時代末まで農業は重要な基幹産業だったわけですが、たくさんの農作物を得るには、広い農地がある方が優位になります。
戦国時代、なぜ戦争ばかりしたのかと言えば、権力構造の弱い室町幕府が地方の勢力を押さえることができず、土地の奪い合いが生じたのが、その根本的な理由と言えます。

話を戻しますが、私有地が認められた奈良時代中期からは、私有地の奪い合いが起きるようになりました。

後の平安時代に武士が生まれますが、これは私有地をめぐる農民が武装した姿です。

また、武力を持たない地方の土地所有者は、荘園の名義で、大きな有力寺院に寄進するなどして、土地を守ろうとしていきます。

となれば、権力が集中する寺院もまた、自衛のための武装をするようになっていきます。

これが、僧兵という存在で、最も有名な人物は、平安時代末期に活躍した武蔵坊弁慶です。

この僧兵もまた、衆徒から出てきた武装集団になります。

また、勧進の活動をするため、寺院から離れて全国を旅する集団も現れます。彼らのことを「聖(ひじり)」と言われますが、彼らもまた衆徒から出てきたグループになります。

やや大雑把にまとめた表現になりますが、正式なお坊さんにはなれなかったものの、仏教の勉強をし、念仏などの修行をしながら勧進を行い、寺院の経済的な支えになったり、軍事的に武装した人も、この衆徒という存在から生まれたのでした。

(次に続く)

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プロフィール

善逝和尚

アラフィフの現役の密教僧侶

大学卒業後、教職員等として、教育畑で働き、20代後半から、心の成長についての探求を始める。

一念発起し、教職員の仕事を辞め、大学院で臨床心理に関する研究と心理分析に関する実践を行う。

大学院修了後、児童の心理相談員をする傍ら、在家でありながら、僧侶の資格も持ち、秘法の伝授も数多く受け、加持祈祷や、お祓いなども多数行う。

現在、スッタニパータなどの原始経典の読み取りに力を入れて、釈尊のお説きになった悟りとは何かを追及している。

M.Ed取得、心理臨床学会員

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