日本人と感染症の付き合い方の歴史!

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はじめに

はじめましてmikadoと申します。

ブログを掲載させていただくことになりました。

私の伝えたいことは、神話、歴史、文化、語学、落語文化など色々あります。

是非、今後ともよろしくお願いします。

本題

さて、最初の投稿ですが、コロナの蔓延もあり感染症が身近になったこの現代ですが、過去の歴史を振り返れば、しっかりと蓄積があります。

日本人と感染症の付き合い方の歴史を紹介します。

さて、いつからウィルスと日本人のお付き合いはあるの?と思われますが、日本では奈良時代に天然痘のウィルスが蔓延して目に見えない菌と戦っていました。

そして、東大寺の大仏を、ウィルスから日本を護ってもらいたいと建立されました。

平安時代に入ると、都が京都に移り、天皇の詔(みことのり)でインドからすごいパワーをもっている牛頭天王(ごずてんのう)を八坂神社に呼んできて、ウィルスを鎮めてほしいと祇園祭が始まります。

当時、ウィルスが目に見えないので、もののけや妖怪として恐れられました。

さて、江戸時代。

徳川家康公により幕府が1603年に開かれ、江戸が中心地となって数百年たち第13代将軍・徳川家定~第15代将軍・徳川慶喜の時代に、蔓延病のコレラ(コロリ)が清(当時の中国)経由で入ってきます。

コレラパンデミックが起こり、江戸幕府が封じ込めるのにおおよそ3年の月日をかけています。

大坂からは、緒方洪庵など名だたる名医が出て来ます。

当時、対策としては、江戸幕府は文久2年に洋書調所に命じて『疫毒預防説(えきどくよぼうせつ)』をまとめます。

蘭学医師のフロインコプスが記した『衛生全書』の和訳で、「体と服を清潔に」「部屋の空気循環」「適切な運動と食生活」などを推奨しています。

緒方洪庵やフロインコプス治療により一定の効果が出てきます。

更に、三密などの対策もとられておりました。

この時、ウイルスと同時に、アイスランド・ラキ火山の噴火、日本では浅間山の噴火があり、作物の不足になり、フランス革命、明治維新へと新たな時代へと扉が開かれていきます。

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プロフィール

MIKADO侯爵

若くして、高野山で出家し仏教系の大学を卒業後、奈良大学に編入

国学院にて神社本庁の神職資格を取得

日本酒メーカーで務め、地ビールの経験もしている。

「大阪・巫女スクールつむぎ」の新しい巫女の歴史をつくるため講師を務める。

その傍らで、歴史を伝えるために、「まほろば研究人」を始動する。

歴史と語学を伝えるために、子供たちのオンライン塾なども開設準備中

藤原鎌足の曾孫の川辺(かわべ)の左大臣・藤原魚名の子孫で先祖祭祀を引き継いでます。

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