霊能者による実際にあったちょっと怖い話『金持ちの落とし穴!』

兵庫県に芦屋(あしや)と言う名の高級住宅街がある。

その中でも六麓荘(ろくろくそう)という地域があり、ここは芦屋の中でも特に高級とされる町である。

明治時代、大阪の財界人によって国有林から宅地に変えられた地域であり、町会独自の条例のもとに作られたこの町は、一歩足を踏み入れれば電柱や信号機もなく、マンションや商業施設、コンビニすらもない。

あるのは400平米以上の広大な戸建てのみの、超高級住宅街である。

私には無縁な場所と思っていたが、実はこの場所からもたまに離婚の財産分与などの問題で仕事の依頼が来る事があり、何度か訪れる機会があった。

今日はその中の一例をご紹介する。

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実際にあった本当のお話

これは「お金持ちといえど神仏をないがしろにするとこうなってしまう」という事例である。

さて、大阪市の小さな間取りでセコセコと生活をする私が六麓荘という地域に足を踏み込むと、まるで自分がミニチュアになった様なスケール感の違いに戸惑いを受ける。

遠くから見ると普通に高価な造りのお宅だが、近付くと扉の大きさが違う。

六麓荘では全ての基準が大きいのだ。

ここの方も一応「先生」とは呼んでくれるが、呼ばれるたびにどこか劣等感を覚えてしまい器の小ささを痛感してしまうのだから情けない。

金に糸目をつけない建築には、風水的な事もしっかりアドバイスを受けて建てたのであろうと推測されるお宅。

相談者はここの奥さんである。

お子さんを早くに亡くし、夫の裏切りの末精神疾患を患い、離婚を決意するが財産分与に親族が加担して名義の変更等で非常に不利な状況に追い込まれているという。

何とか状況を有利にしたいとの相談だった。

何故ここまでドロドロとした事に発展するのかと思うが、必ず原因はあるものだ。

劣等感に押しつぶされてしまわないか少し心配になりながらも家の中のチェックを始める。

成功された方の家には、宗教観にもよるが、だいたいは贅を尽くした仏壇と神棚がある。

並べられたものも、スケールが違う。ただの木札の大きさがまるでテーブルの天板である。

最初こそ基本通りに祀ってあったのだろうが、お金持ちの家というのは度を越して余計なものを祀ってある事が多い。

ここもそうで、なんと神棚の榊と仏壇の花がクリスタル製品である。

本末転倒とは正にこの事だ。

置いてはいけない事はないが、生花や榊の意味をわかって欲しいと思う。

水は枯れ、日々のお世話もせず、やる事といえば月一の高いお布施で来ていただく僧侶の読経のみ。

神棚や仏壇がなくとも日々手を合わし、朝夕に神仏に対して感謝の気持ちを持つ方がよほど供養になる。

神棚、仏壇に対しての「少しの勘違い」が端を発し、よかれと思ってやった事が色々な過ちに繋がる事もある。

ただこの場合、祀り方の不備が悪い事を招くと言うより、悪い状況の場合にこの様な祀り方になる事が多いと考えた方がしっくり来る。

依頼はあくまで奥さんなので、奥さんにとって「不利な原因」を探り、こちらの有利にするため探っていた。

中庭が、暗い空気感で陰の気で満ち溢れていた。手入れも綺麗にされているにも関わらずである。

普通、雑草や伸び放題になった木々が覆いつくし日差しを遮った場合にこの様な感じになるものだ。

が、ここはそうではない。

裏鬼門にあたる場所には、ドンと大きな石が置いてあった。

よく見るとその石の裏に箱があった。

中には、枯葉やむしった後の雑草などを長年ため込んでドロっと腐敗したものが入っており、ネズミの死骸まであった。

そのような箱が、女性に主に影響する「一番置いてはいけない裏鬼門」にご丁寧に置かれていた。

庭の四隅を見ると、丁寧に設えた護符を入れるための木箱があった。

これは、風水上「欠け」と「張り」を考え、内庭になる部分をわざわざ庭に結界を張り、「欠け」の状態を「張り」の状態にしていた。

この対策をした方は、生きた知識をお持ちの素晴らしい先生だと感服した。

しかし、中を確認するとボロボロに跡形もなく紙屑の様に朽ち果てた護符があった。

なるほど。

つまり運気を上げる対策を講じていたのを、護符をおろそかにした為、時間の流れと共にマイナスに働いて行ったのである。

お金を使いプロフェッショナルな方のお力を借りて施した事であったとしても、その後のメンテナンスをおろそかにすると身も蓋もない結果になる証だ。

これは医者が患者と向き合うのと同じだろう。

手術(除霊や浄め)や投薬(護符や結界)を施し完治させても、アフターフォローと患者(相談者)の意識の改善が無ければ再び同じような結果に陥る事を見こした対応が、本当は大切な事だと考えている。

ただ、これはこの事案の直接的原因ではなく、環境的要因に過ぎない。

この案件の大きな要因になっていたのが物置部屋の中にあった。

部屋の隅々迄チェックをして回ると、綺麗に片付けられ何の問題もない様に思われた。

ただ、違和感を感じる。

綺麗にスッキリし過ぎて何かが足りない感じだ。

その違和感の原因を見つけるため、頭では考えず、感覚だけに頼りウロウロともう一度見て回った。

何度も何度も気になり、許可をもらって物置部屋に片づけられていた「物」を調べた。

その時、大きなクマのぬいぐるみがあり、手に触れたとたんに自分の感覚が変わったのに気付いた。

霊が宿ったとかではなく、何とも言えない悲しい感覚が脳裏に湧いて来た。

そのとたん今まで気付かなかった納戸が目に入った。

奥さんに確認すると、商売で使っている食器類を仕舞ってあるとの事だったので開けてみる。

すると、食器や調理器具の合間に丈夫な紙袋が一つ隅にあるのが見えた。

「あれは何ですか?」

と訊ねると、わからないとの返答だった。

中を見ると、亡くなったお子さんの遺影とアルバムだった。

決して遺影を飾らなければいけない事はないが、この家庭の場合、遺影と共に子供への思い出までも仕舞い込んでしまった。

その結果、形に囚われ、本来意識すべき供養までも形だけになってしまい大事なものを見失うことになった訳だ。

ご主人は別に移り住んでいたので、遺影を飾り、本来の祀り方に直し、奥さんとこの家との「縁」を強くする為、庭の護符をし直した。

こうして建てた時と同様の状態に浄め、仕切り直して様子を伺う事にした。

その後、ご主人の両親の遺品の中に呪詛の細工をされた物(切り取った髪の毛をまとめた物と無数の針、虫喰いでボロボロになった護符をしまった木箱)が見つかった。

勝手に処分は出来ないので新たな木箱に封じ込め、預かる事にした。

そして奥さんが毎日の水とお花の手入れなど、神棚と仏壇へのお参りを欠かさない様に続けていかれ一ヶ月が過ぎた頃、ご主人の動向が変わった。

それまで代理人との交渉だけだったのが、本人同士の話し合いで条件も有利になり、穏やかに離婚成立しかけた。

さらにまた一月が経ち、状況が一変した。

もう一度やり直す事におさまったのだ。

財産名義の変更などで、今後問題にならない結末でおさまったが、ほとんどが結果有利になるが、そう全てがうまくはいかないものである。

まとめ

この事案は、形に囚われ、本質を見失い、最愛の子供の事を思い出すのが辛い事から、最初にお金をかけてまでしっかりお祀りしようとする気持ちが変化し、歪みがどんどん出た結果である。

誰が仕掛けたかわからない呪詛の痕跡も、見つける事で後に先祖因縁となる種を排除する事が出来て、その後なんと20年程ご夫婦揃ってお付き合いする事になったのだった。

長くなってしまったが、どの様な結果を求めてもその人の人生ですが、要因を無視して解決に急いでも、本来の思いとは違う結果になってしまい根本解決には至らないと痛感した案件でもあった。

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