『買い置き魔の買い置きリスト』 作・春名功武

〈あらすじ〉

男は買い置き魔。日用品、食料品、家電製品に至るまで、あらゆるモノの買い置きをしている。それは本当にあらゆるモノであった。

〈本文〉

「所詮私なんて、社会の歯車の一つに過ぎない」
男は洗面所の鏡の中に映る、少し疲れた自分の顔を見てそう呟いた。そして、ペタンコになった歯磨き粉のチューブを搾り出そうとグルグル丸めて力を込めたが、これっぽっちも出てこなかった。

チューブをゴミ箱に放り、戸棚の中の買い置きから、新品の歯磨き粉を取り出す。その戸棚には、他にも買い置きされた沢山の洗面用具が種類ごとに綺麗に並べられてあった。

彼は買い置き魔である。買い置きは彼のラッキーナンバーの「6」にちなんで、各種6個ずつ揃えてある。買い置きから出したその日だけは5個になるが、すぐに補充されるのであった。

現在のその戸棚の状況はと言うと、歯ブラシ6本、歯磨き粉5個、シャンプー6個、コンディショナー6個、石鹸6個、タオル6枚、カミソリ6個、お風呂の洗剤6個。その他にも風呂桶、風呂の椅子、風呂の蓋なんかもきっちり6個ずつある。

買い置きはもちろん、洗面用具だけに収まらない。サランラップ、爪楊枝、キッチンペーパーなどの日用品。ソース、ケチャップ、マヨネーズ、バターなどの食料品。そして、掃除機、テレビやDVDデッキ、冷蔵庫、洗濯機などの電化製品に至るまで、きっちり6個ずつ買い置きがあった。

そしてそれらは、庭の倉庫に種類ごとに分けられ、綺麗に並べられてあった。男がどうしてこれほどの買い置きをするようになったのかは、彼の生い立ちに原因があった。

男は子供の頃、恐ろしく貧乏な家庭で育った。机が無かったので、拾ってきた瓶ビールケースに段ボールを乗せたもので代用していたし、冷蔵庫が故障しても直すお金がなかったので、クーラーボックスで凌いでいた。雨が降っても傘を買うことができず、ビニール袋を頭からかぶり雨合羽がわりにした。必要な物が常に足りてない環境で過ごした事が反動となり、買い置き魔となったのだった。

男は株を売買する会社を経営している。この業界ではトップを走っている会社であり、成功を手に入れた勝ち組であった。今ではかなりお金に余裕があった。まさに大逆転といえよう。

男は妻に買い置き用の歯磨き粉が1つ減ったので買ってくるようにと告げた。別に自分で買わなくても買い置きが6つあれば、それで満足なのであった。そして支度を終えると、妻にキスをして家を出た。

会社までは車で出勤する。車にももちろん買い置きがあった。駐車場には現在乗っている1台の他に6台の車が停まってある。車好きで買い揃えた訳ではないので、車種も色も全て同じであった。そしてメンテナンスにこそ7台とも出すが、乗るのはその中の1台に決まっていた。他の6台の車には乗った事がなかった。

運転手が玄関まで車を回して来て、男は後部座席に乗り込んだ。しばらく走らせた後、男は運転手に告げた。
「会社に行く前に、例の場所に寄ってくれないか」
「かしこまりました」

車は大きな病院に着いた。男は何の手続きもせずに受付の奥の階段を下りて行った。そして地下2階にある厳重にカギの掛かった部屋にやって来た。

鍵にカードをかざし、指紋照合させ、ドアを開けて中に入った。部屋は冷凍室になっており、大きなビーカーが並べられていた。その中にはアンモニアに浸けられた内臓が入っていた。心臓、胃、肺、肝臓、すい臓、腸などの臓器が6個ずつ保存されていた。男はその中のひとつを手に取りニヤニヤと笑みを浮かべる。

そこに恰幅の良い医師が入ってくる。
「どうも。入り口で見かけましてね。たぶんここだと思いまして」
「週に1度は見たくなるんだよ。あ、胃を補充して、6個に戻してくれたみたいだな。また、謝礼は振り込んでおくよ」
「ありがとうございます。それにしても大事に至らなくて良かったですね」
「ああ。しかし、本当にこれだけ集めてくれて、君には感謝しているよ」
「私だって、それなりの事をしてもらっていますから。お互い様ですよ。まぁ、最初に話を持ち掛けられた時は正直驚きましたけどね」
「そうだろうね。内臓を各6個ずつ買いたいなんて、変な趣味があるとでも思っただろう」
医者は苦笑いを浮かべる。男はさらに話す。
「このご時世、危ない事だらけだろう。変な事件、事故が多いし、毎年、訳の分からないウイルスが発見され、病気も増えている。臓器だって1つじゃ足らないよ。買い置きしとかないと」

病院を出て会社に向かい、いつものようにバリバリと業務をこなす。会社の備品の買い置きにも抜かりはなかった。事務所にはコピー機が10台あるが、倉庫にはそれぞれの買い置きで60台あった。他にも、文房具や社員のタイムカード、社長室にあるゴルフのパットを練習するマットに至るまで、きちんと6個ずつ買い置きされていた。

自宅に戻る途中で、男は運転手に告げた。
「悪いが、家に戻る前にあそこに寄ってくれ。あ、そうだ。その前に何処かでケーキを買って行こう」
「かしこまりました」

ケーキを買ってしばらく走り、トンネルを抜けると、静かな住宅地に出た。立派なファミリータイプのマンションや厳重なセキュリティーで守られた大きな一軒家が建ち並んでいる。そして車は、あるマンションの前で停まった。

運転手に、連絡を入れるから後で迎えに来てくれと指示すると、男はマンションの中へと入っていった。

女は物陰に隠れて、あるマンションに視線を向けている。何でもかんでも買い置きをする主人に疑惑を抱き、探偵を雇って身辺調査をしてもらった。すると、頻繁にこのマンションに出入りしていることが分かった。間取りを調べたら、家族で住むタイプの部屋だった。疑惑は確信へと変わった。主人が今朝の出掛けにキスをしてきた事を思い出す。最近優しくしてくれると思ったら、やっぱりやましい事があったのね。

女はカバンの中から、1枚の写真を取り出す。ハワイで撮影した家族4人の集合写真。幸せに満ちたひと時を切り取った写真。この幸せを壊す気なの。写真を持つ手に力が入る。

そこに主人の車がやってきた。マンションの前で停まると、後部座席から主人が降りてきた。運転手と2言、3言交わし、マンションの中へと入っていく。主人の手にケーキの箱が握られていることが、女の怒りをさらに沸騰させる。

間違いないわ。主人は私たち以外の家族を持っている。家族の買い置きをしている。許せない。女は部屋に乗り込む決断をした。

マンション内に入った女は、住人を装いエントランスの椅子に腰を掛けると、他の住人がオートロックを開けるのを待った。5分もしないうちに子供連れの3人家族が帰ってきた。難なくオートロックのドアを抜け、エレベーターに乗り込む。

探偵から部屋番号を聞いていたので、簡単に部屋の前までやってこられた。呼び鈴を押す。しばらくすると、ドアが開いて主人が顔を出した。目を瞬かせて驚いている。

女は強行突破を図る。主人を押しのけて部屋の中へと入っていく。鬼の形相でリビングへと乗り込み、その光景を目にしたとき、いったい何が起こっているのか理解が出来なかった。開いた口が塞がらないとはまさにこの事だ。

玄関から戻ってきた主人に向かって、女は声を荒げた。
「な、なんなのよ。これ」
「ああ、買い置きだよ」
主人は平然と答えた。

女はゆっくりと視線をリビングに戻す。買い置きですって。そこには、主人と全く同じ顔をした男たちがテーブルでケーキを食べていた。
「家族の買い置きじゃなかったの?」
女はポツリとつぶやく。

突然、主人と同じ顔をした男たちが立ち上がり、女を囲む。
「これが、生の奥さん」
「実物の方が美人だ」
「はじめまして。あなたの旦那の買い置きです」
頭がおかしくなりそうだ。どうして主人がこんなにいるの。こんな事、ありえないわ。

男は冷静に、戸惑った妻の様子を見ていた。まさか妻が私を疑っていたとは。迂闊だった。まだ妻の扱い方に慣れないなぁ…。そこに携帯電話が鳴った。
「はい、私だ。そうか、やっと出来たか。1つ使ってしまったからな。これでクローンの買い置きが6つになるよ」

作者プロフィール

春名功武(はるないさむ)

1977年、兵庫県生まれ。2000年大阪シナリオ学校演芸放送台本科卒業。第7回テレビ朝日21世紀新人シナリオ大賞優秀賞受賞。フジテレビ『世にも奇妙な物語』の脚本を執筆。第1回日経「星新一賞」優秀賞(JBCCホールディングス賞)受賞を経て、小説家としてデビューする。2015年からアニメ「ちびまる子ちゃん」の脚本をレギュラーとして担当し現在に至る。

【問い合わせ先】

メール:i.haruna@samba.ocn.ne.jp

小説を読もう!」にて作品掲載中。

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