『新東京―ゴムの街―』 作・春名功武

〈あらすじ〉

世界最大のメガシティ、新東京。安全で快適な理想の街のはずが…

〈本文〉

世界最大のメガシティ、新東京。世界の3分の2の主要都市が、新東京をモデルとした都市開発を進めていた。

新東京を生んだ立役者ともいえる男は、56階建ての高級ホテルの一室を住まいとしていた。眺めもよく、街を一望できる。

男はシャワーを浴びると、白髪混じりの髪の毛を梳き、ガウンに着替え、リビングルームへと向かった。そこで待っていたのは、新東京の都知事。知事は窓の外を眺めている。

「知事、お待たせしました」
「私の方こそ、突然、邪魔してすまなかったね」
「いえ、実は、今日は孫の結婚式で、それほど時間が取れないんですよ」
「孫の結婚式…か。いくつになる」
「16です。恥ずかしながら、できちゃった婚なんです」
「……」

知事は険しい顔を浮かべると、窓の外に向き直った。窓から見える限りなく続くビルの列を眺めながらこう呟いた。
「大変な事態になった」

25年前。ある国際展示場で男の主催する、インテリア製品の展示会が行なわれた。男は当時から、将来を期待された若手インテリアデザイナーとして、世界的に注目を浴びていた。

男の研ぎ澄まされた感性から生まれる独自の作品は、インテリアの常識の枠を超えた新しいデザインとして、常に人々を驚かせてきた。

展示会場では、各ブースのスタッフが、商品説明を繰り返している。
「こちらの食器は絶対に割れる事がありません。是非、皆さん、落としてみて下さい」

来場者たちは、恐る恐る手に持っていた食器を落とす。中には調子に乗り、力一杯地面に叩きつける者もいた。しかし、ボヨ~ンと、地面でバウンドすると、食器は手元に戻って来た。
「この食器は特殊なゴムで作られております。今、体験して頂いたように、どんな力を加えても割れる事は決してありません」
と、スタッフは食器をドリブルしてみせた。上下する食器にドッと歓声が起きる。

家具類のブースでも、負けじとデモンストレーションが盛り上がっていた。スタッフ2人がテレビをキャッチボールしているのだ。
「このように特殊なゴムで出来ているので、とても軽く、こんな事も出来てしまいます。もちろん当たっても怪我はしません」
飛んできたテレビにわざと身体を当てて、怪我がないことをアピールする。
「それにこれだけ軽いわけですから、楽に引っ越しができます。テレビぐらいの大きさなら、女性一人で簡単に持ち運べます。冷蔵庫や洗濯機などは、転がして運ぶ事も出来るんですよ」

世界各国の企業が興味を示した。ゴム製のインテリアは、来場者の心を鷲掴みにしたのだ。

会場内にある一番上等な部屋に特別なお客を招き入れていた。ゴム製の食器や家具を手にして、終始眼を丸くしているのは、ある県の元知事である。
「どうですか、知事」
「驚いた。素晴らしい」
男はニャと微笑んだ。そして、元知事を口説き落とす為に用意していた言葉を投げかけた。
「知事、一緒に世界を変えましょう」
元知事の目が輝く。
「ああ。是非、協力させてくれ」
男と元知事はがっしりと握手を交わした。

男は、以前から何故食器や家具などに、ガラス、金属、プラスチック、木材、などといった硬い素材を使うのか疑問を持っていた。そんな素材を使っているから、割れたり、ぶつかったりすると、怪我をしてしまうのだ。もっと安全な材料でインテリアを作れないものか悩んでいた。

運が良かったのは、男の実家がゴムボール製造工業を営んでいたことだ。公園でゴムボールを使い手打ち野球(バットの代わりに手で打つ野球)をする少年たちを目にしてひらめいたのだ。

ゴムボールには力を吸収する性質があるため、衝撃を加えても双方ヒトとゴムボールに何のダメージもない。素晴らしい素材。人一倍ゴムボールに関わってきた男だからこその直感だったといえるだろう。

そしてゴムの研究を始めた。あらゆる種類のゴムを集め、データを取り、それらを組み合わせるなど試行錯誤を繰り返し、完成したのが、このインテリア雑貨に使われてある特殊なゴムであった。

素晴らしい技術者に恵まれたおかげで、予想以上の完成度となった。男の持ち前の向上心が、さらなる可能性を模索し始め、到達したのが、『ゴムの街』であった。

コンクリートで作られた地面や建物の中を鉄の塊の車が走る。危険極まりない。男には、街の全てが凶器に見えていた。

交通事故死、転落死、自殺などが起こるのは、街が硬い物質で作られているからだ。先人の過ちを正さなくてはならない。危険な街は破壊し、世界中の人々が平和で安全な生活を送れる街を作らねばならない。それが、神に与えられた男の使命だと確信していた。

ゴムの街計画が始動する。それにはまず、ゴムのインテリア雑貨の普及が必要不可欠であった。男の投げかけた最初の一手は、見事国民の心を掴んだ。発売前から話題を呼び、雑誌、テレビなどで取り上げられ、発売されると瞬く間に世界的にヒットした。

今まで使っていたインテリアから、このゴム製のインテリアに買い換える人が急増し、ほんの数年で、ゴム製が当たり前の世の中になっていった。

そして、木や陶器のインテリアが遠い昔のように感じられた頃、知事の協力もあり、『ゴムの街・新東京』が完成した。

そこでは、建物、電柱、壁、地面、電車、バス、車、バイク、人々の身に着ける服、装飾品など全てゴムで出来ていた。

見た目は以前とほとんど変わらず、(いや、以前よりスタイリッシュでオシャレなデザイン)ゴムで出来ているようには全く見えなかった。

そして、その街は、安全な街であった。例えば、階段で足を滑らせてしまっても、ボョ~ン、ボョ~ン、とバウンドを繰り返しながら下まで辿り着けた。怪我はないうえに、楽しい気分にさせてくれる。

車に衝突されても、ゴムで出来た車体が衝撃を吸収してくれるので、事故死することもなくなった。心を病んで、ビルの屋上から飛び降りても、ボョ~ン、ボョ~ン、とトランポリンで遊んでいるかのように地面で跳ねて自殺を防げた。

また歩行者にとっての利点は安全性だけではなく、コツさえつかめば、地面をバウンドさせて、速く進むことが出来た。

夢に描いた安全で快適な理想の街ができあがったのだ。

そして現在。世界の主要都市の3分の2が、新東京をモデルとした都市開発が進められている。

「知事、大変な事とは、一体何ですか?」
知事は眼下に広がる美しいゴムの街を見詰めていた。眉間にシワ寄せ、深刻さが見て取れた。

知事は男の方に向き直ると、上着の内ポケットから箱を取り出して、男目掛けて投げた。男はそれを受け取ったが、意味が分からなかった。

「何ですこれ?」
「コンドームだ」
知事は悲しそうに言った。
「コンドーム!?」
「君は、最近いつそれを使った」
「私ももういい歳です。何十年も使っていませんよ」
「そうだろうな。じゃ知るわけもないか」
「何の事ですか?」
「1箱いくらすると思う?」
男は手渡されたコンドームに目をやった。5個入りの普通のコンドーム。
「500円ぐらいですか?」
「我々の若い時分はそんなもんだったかな。現在はね、25万円するんだよ」
「にっ、25万円!!」
男は思わず声を張り上げた。
「頭の良い君なら、何が起こっているのか察しがつくだろう」

男の顔色が変わる。生産されたゴムは、ゴムの街計画に回され、コンドームまで手が回らない状態なのだ。

5個入りコンドームが25万円もすれば、もう一般家庭には買うことが出来ない。ましてや若者には到底無理だ。

「最近成人にも満たない若い娘が、赤ん坊を連れているのをよく見かけるとは思わんか」
「まさか、私の孫も」
男は持っていたコンドームを強く握りしめる。皮肉なことにコンドームの箱もゴム素材で作られてあった。それがますます男を苛立たせる。
「先程、問い合わせたら、ここ10年、人口は急激に増加しているらしい」
知事は何ともいえない表情でそう呟いた。

男の体から冷や汗が溢れ出る。
「まずい。このままでは、大変な事態を招いてしまう。ゴムの街の収容限度を上回るほど人口が増加すれば、重さで伸びてしまう」

知事は、伸びきったダルダルのパンツのように、ダルダルに伸びてしまったゴムの街を想像して、恐怖に怯えた。

「すぐさまゴムを補強しなければなりません」
「そんな事をしたら、ますますコンドームの値段が上がってしまうぞ。人口増加に拍車を掛けるだけだ」
「畜生、どうすればいいんだ」
男は苛立ち、白髪交じりの髪をグシャグシャと掻いた。
「安全なゴムの街で、亡くなる命は減った。コンドームの価格高騰で、生まれる命が増えた。本当に素晴らしい街だよ」
知事は皮肉を口にした。そして身体を震わせて大声を張り上げる。
「ゴムの街計画を止めさせろ。まだ間に合うかもしれん。今すぐに止めさせろ」

男は何も答える事が出来なかった。一呼吸ついて窓の外に映るゴムの街を改めて見て言った。
「無理ですよ。世界の3分2がゴムの街になろうとしている。それを今更、失敗でしたなど言えませんよ。そんな事を言ったら、私たち2人は殺されかねませんよ」
「だったらどうする。このまま黙って見てろと言うのか」

男は街を睨みつけていた。なんという残酷な報いだ。男は街に問う。お前は端からこうなることが分かっていたのか。何とか言ってみろ。

「畜生」と男は、手に持っていたコンドームを床に叩き付ける。すると、コンドームは、ボョ~ン、ボョ~ン、部屋中を飛び回り、男の足元までやってきた。そして男の足元でバウンドをすると、アッパーカットのように男の顎目掛けて飛んでくる。

コンドームが顎にモロにくらった男は、床にバタリと倒れる。それでもコンドームの勢いは衰える事はなかった。今度は知事の足元までやってくると、知事の顎に向かって飛び放つ。

窓に映るゴムの街は、伸びてしまった2人をあざ笑うかのように美しく輝いていた。いずれ伸びきったダルダルの街になる事も知らずに……。

作者プロフィール

春名功武(はるないさむ)

1977年、兵庫県生まれ。2000年大阪シナリオ学校演芸放送台本科卒業。第7回テレビ朝日21世紀新人シナリオ大賞優秀賞受賞。フジテレビ『世にも奇妙な物語』の脚本を執筆。第1回日経「星新一賞」優秀賞(JBCCホールディングス賞)受賞を経て、小説家としてデビューする。2015年からアニメ「ちびまる子ちゃん」の脚本をレギュラーとして担当し現在に至る。

【問い合わせ先】

メール:i.haruna@samba.ocn.ne.jp

小説を読もう!」にて作品掲載中。

 

前回のコラムはこちら↓

『完全犯罪計画』 作・春名功武

2020年8月3日