【廣峯神社】九星詣りから黒田官兵衛との繋がりも分かりやすくご紹介!

姫路にあるここ『廣峯神社』は最近では『黒田官兵衛ゆかりの地』の一つとして、話題になっています。

また、牛頭天王(ごずてんのう)を祀る神社としては京都祇園の『八坂神社』が全国的に有名ですが、実は『八坂神社』はこの『廣峯神社』から分祠したそうで、『廣峯神社』が日本全国にある牛頭天王の総本宮であるという話も・・・。

これには未だに全国の牛頭天王信仰の総本宮を『廣峯神社』と『八坂神社』が主張して譲らず、何百年も本家争いが続いているのだとか・・・。

今回はそんな『廣峯神社』の魅力を分かりやすく、簡潔にご紹介したいと思います。

スポンサーリンク

廣峯神社を簡単にご紹介

廣峯神社入り口

まず始めに『廣峯神社』の歴史を簡潔にご紹介したいと思います。

『廣峰神社』は『牛頭天王(ごずてんのう)』を祀り、『京都八坂神社』の元社と称せられる古社であり、2千年以上前に『素盞鳴尊(すさのおのみこと)』とその御子神で『植樹の神様』である『五十猛尊(いそたけるのみこと)』が白幣山に鎮座され、奈良時代にこの山を訪れた吉備真備(きびのまきび)が御神託を受けて社殿を建立したと伝わっています。

遣唐使として唐で陰陽道を極めた吉備真備(きびのまきび)がこの学問を日本に広めたいと考えて、『素盞鳴尊(すさのおのみこと)』を『星の運行を司どる神』で『祇園精舎の守り神である牛頭(ごず)天王の化身』であるとして日本の暦を司る神としました。

『牛頭天王(ごずてんのう)』は疫病の神として崇められ平安時代に都で疫病が流行った時、平安時代前期の第56代天皇・清和天皇の夢枕にお告げがあり、廣峯の御分霊を京都にお迎えしたところ、疫病が収まりそれを祝って始められたのが『祇園祭』でその後、建立されたのが『八坂神社』という事です。

鎌倉時代より『廣峯神社』は『祇園本社』として崇敬を集め、室町時代には熊野にも劣らぬほどの参詣者が山を訪れたと記されています。

スポンサーリンク

黒田官兵衛との関係

また時代は進み、『廣峯神社』の近辺には大勢の御師(おし)(社寺に属し、信者のために祈祷や参拝の世話・案内をする人)が住んでおり、この住まいのことを御師屋敷(おしやしき)と呼んでいました。備前・福岡(現:岡山県瀬戸内市)からこの地に流浪してきた官兵衛の祖父・重隆(しげたか)は、御師の家に寄宿(きしゅく)し、一族に伝わる目薬を売ったところ、大変繁盛したそうです。

そして財を築いた重隆は有力豪族へと成長し、当時姫路を治めていた小寺政職(まさもと)に召し抱えられることになりました。

ここ廣峯神社・御師屋敷は、黒田家にとって起源ともいえる特別な場所なのです。

スポンサーリンク

廣峯神社の主祭神と期待出来るご利益

スポンサーリンク

主祭神

素戔嗚尊(すさのおのみこと)

素戔嗚尊(すさのおのみこと)を祀る神社はたくさんあり、様々な御利益・御神徳があるとされています。

配祭神:素戔嗚尊(すさのおのみこと)の子である五十猛尊(いそたけるのみこと)

スポンサーリンク

ご利益

一般的に有名なご利益は『縁結び』、『厄除け』、『子孫繁栄』、『家内安全』、『商売繁盛』、『学問上達』、『五穀豊穣』、『病気平癒』、『水難除け』、『火難除け』、『病難除去』です。

境内の見所

本殿

廣峯神社本殿

現在の本殿は室町中期のもので神殿と仏間を交互においた『神仏習合』の特異な建築構成をもった、極めて価値の高い、貴重な建物の一つです。

その規模は拝殿とあわせ国内でも最大級で国指定重要文化財に指定されています。

祭神である『牛頭天王(ごずてんのう)』は災厄・病気・厄難を祓う神として信仰されており、節分や厄除大祭となると盛大に執り行われ多くの参拝者で賑わいます。

官兵衛神社

こちらが戦国時代随一の軍師・黒田官兵衛をお祀りしている『官兵衛神社』です。

『廣峯神社』は黒田官兵衛と直接関係はないのですが、官兵衛の祖父がここで出世をして豪族となり、官兵衛の父である黒田職隆(もとたか)、そして黒田官兵衛ともども、当時の御着城主『小寺家』に仕えることになりました。

そのため、ここ『廣峯神社』は黒田官兵衛が戦国武将となるきっかけになったといっても過言ではない場所なので、『官兵衛神社』が建てられました。

地養社

蘇民将来

本殿左横に『牛頭天王(こずてんのう)』をもてなしたという『蘇民将来(そみんしょうらい)』をお祀りするお社があります。

『備後風土記(びんごのくにふどき)』によると『牛頭天王』が疫病を流行らせて、『巨旦将来(こたんしょうらい)』の国を滅ぼしたとき、よくしてくれた『蘇民将来(そみんしょうらい)』に『蘇民将来之子孫なり』との護符を付けた茅の輪を腰につければ『厄災から逃れることができる』といわれ、全国で行われている『茅輪くぐり』の由来がここにあります。

蘇民将来とは・・・
神に宿を貸した善行により茅(ち)の輪の法を教えられ、子孫に至るまで災厄を免れることを約束された説話上の貧者の名。

巨旦将来とは・・・
『備後風土記』などに見える伝説上の人物。蘇民将来(そみんしょうらい)の弟。富者であったが武塔(むとう)の神(素戔嗚尊)に乞われた宿を断ったために没落したという。

蛭子社

蛭子社

本殿の左側に『蛭子社』があります。

ここの面白いのは地面が海の砂なのです。お社を一周してると砂浜を歩いてる気分になりますよ。

薬師堂

薬師堂

本殿内に『薬師如来』を本地仏として祀っていたとされる。

近年、社殿裏北西にこの『薬師堂』が建設され、当時祀っていたとされる『薬師如来』が安置されています。

黒田官兵衛を前面にプッシュ

最後に『官兵衛神社』建立はもちろんですが、『廣峯神社』でまだまだ、黒田官兵衛を前面に推しているスポットがありますのでご紹介します。

黒田官兵衛物語

まずは境内の休憩所の壁にある『黒田官兵衛物語』です。

ついつい読み込んでしまいます。歴史好きな方は要チェックですよ!

黒田家三代のパネル

そして、次は黒田家三代のパネルです。

まあ、ファンの方ならとりあえず一枚は写真を撮ってしまいますね…。

本殿裏にお薦めスポット

本殿裏①

本殿の裏側には7つのお社があります。それぞれ目的をもってお参りしてみてはいかがでしょうか。

本殿裏②

商売繁盛の神『稲荷社』、学問の神『天神社』、廣峯神社鎮守『熊野権現社』、縁結び・安産・女性の守護神『冠者殿社』、工業の神様『山王権現社』、厄災を除く神『大鬼社』、怪病諸災除けの神『庚申社』があります。

どれも姫路市指定の有形重要文化財になっています。

人気の九星詣り

ここ本殿の裏側は『廣峯神社』の人気のスポットです。本殿裏にある『九つの穴』があり、この『九つの穴』は生年月日により運命星が定められている現代暦上の『九星』に相応します。

深くには自分の守り神が鎮まっているので自分の穴に向かって参拝します。

自分の星の穴に願い事を書いた『願い札』と『賽銭』を入れ二礼二拍手してから、穴に小言で神様に願い事を三回ささやくと願い事が叶うと伝えられています。

これは『陰陽・九星詣り』と言い、『廣峯神社』の人気のスポットの一つになっています。

古来から残っている風習が今もなお続いているのですから、きっと多くの人の願いをかなえてきたに違いありません。

訪れた際は是非『陰陽・九星詣り』をおススメします。

アクセス

廣峯神社入り口②

公共機関使用の場合

姫路駅より神姫バス広峰行き「広峰バス停」下車徒歩50分

「姫路駅」よりタクシー約20分

車の場合

中国自動車道「福崎IC」より播但連絡道路で姫路方面へ「砥掘ランプ」下車、県道砥掘本町線をへて「白国交差点」右折後約3km

駐車場

50台無料

牛頭天王総本宮 廣峯神社:〒670-0891 兵庫県姫路市広嶺山52

まとめ|黒田官兵衛好きの方は是非!

廣峯神社入り口③

黒田家ゆかりの『廣峯神社』を見所を簡潔にご紹介させて頂きました。敷地はそんなに広くはないので1時間もあれば充分に回れると思います。

また、ここ『廣峯神社』の近くには、姫路の有名観光スポット『書写山圓教寺』があります。車で20分もかかりません。

『書写山圓教寺』も見所満載なので、お時間のある方は、一緒に参拝してみては如何でしょうか?

あわせて読みたい

姫路城から北へ車やバスで30分程にある『書写山圓教寺』は西国三十三カ所の霊場でもあり、豊臣秀吉、黒田官兵衛、また武蔵坊弁慶にもゆかりのある寺、映画『ラストサムライ』のなどのロケ地としても有名でです。 また、皇族貴族の信仰も篤かったこの[…]

あわせて読みたい

ここ『増位山随願寺』は姫路市では『書写山圓教寺』と共に代表的な寺院として位置づけられている、非常に歴史と由緒ある天台宗の有名なお寺です。 そして、ここも『黒田官兵衛ゆかりの地』として、官兵衛ファンの方が訪れる観光スポットでもあります。[…]

スポンサーリンク
最新情報をチェックしよう!