『村中』 作・春名功武

〈あらすじ〉

すべて村中のせいだ。村中が悪い。あいつのせいにすれば何でも許される。

〈本文〉

大手商社で働く町田が、寝室で仕事に出掛ける準備をしていると、リビングから子供たちの声が聞こえてきた。何事かとリビングへ行くと、子供たちがコップを割った事をどちらのせいかと責任の押し付け合いのケンカをしていた。妻がうんざりとした顔を町田に向ける。どうやらわたしの出番のようだ。

 

「コラ。いい加減にしろ」

町田は怒る。子供たちはしおらしくシュンとなる。

「ごめんなさい」

「いいか、お父さんが怒っているのは、コップを割った事じゃないぞ。人のせいにするような卑怯な行為をした事だ」

ハァ~、今日から新しい配属先だというのに朝から騒々しい。

 

富士商事お台場支店。新支店長を命じられた町田に課せられた仕事は、業績が低迷するお台場支店の立て直しであった。

 

町田は朝礼で簡単な自己紹介をした後、V字回復に向けて、無駄なコストの削減、市場の拡大、仕事の効率化、などの改善案を熱く語った。

「社員一丸となって頑張りましょう」

 

営業部でトラブルが起きた。町田が駆けつけて来る。

「どうかしましたか?」

営業部長から事情を聞くと、手配ミスにより、大口の注文を失いそうになっていた。

「何でそんなミスをしたんです」

すると営業部長は「村中」という社員が担当したから詳しい事は分からないという。

「部下のミスは上司である君の責任だ」

と、町田は営業部長を叱責する。

「あ、は、はい。すみません」

と、営業部長は戸惑ったように頭を下げたが、下に向けた顔は眉間に皺を作り、納得できないと書いているようであった。

 

村中が外出中で連絡が付かなかったので、代わりに町田と営業部長で先方に謝りに行く事になった。

 

不運は続くものなのか、よく日、営業部でまたトラブルが起こった。商品の在庫が合わず、1千万円に相当する商品の所在が不明だと判明した。

 

町田は営業部長から聞き取り調査をする。営業部長の話によると、「村中」が担当している商品で売り上げ処理のミスがあったか、もしくは商品を紛失した可能性があるという事だった。

 

また村中か…。町田は営業部長に村中から事情を聞きすぐに報告するようにと指示した。営業部長は困ったような表情を浮かべ「村中は今日から海外出張でベルギーなんです」と言った。

「今の時代、世界のどこにいようが、連絡は出来るだろう」

「もちろん何度も連絡を試みましたが、繋がりません」

 

村中という社員は、よほど出来が悪いようだ。まだ顔も見たことないうちから、こんな事思うのも何だが。

 

その日は、取引先の会社から直帰したので、いつもより早く帰る事が出来た。マンションに到着すると、コンシェルジュと数人の住人が集まっていた。マンションの敷地内に大量の粗大ごみが不法投棄されていたのを話し合っているようであった。

 

住人たちの声が聞こえてきた。

「村中さんよ。わたし彼が捨てるところみたもの」

町田は思わず足を止めた。今、村中って聞こえたような…。まさか。気のせいだろう。新しい職場で疲れているのかもしれない。町田は早目に就寝する事にした。

 

よく日。電車から降りて、会社までの道のりを歩いていると、公園で子供が泣いていた。隣にはその子の兄らしき子がふてくされて立っている。「どうしたの?」と尋ねるお母さんにそのお兄ちゃんは「村中が悪い」と言う。

 

町田は思わず足を止めた。今、村中って……。辺りを見回すが、子連れのお母さんばかりで、うちの社員らしい人物は見当たらなかった。聞き違いか…それとも、偶然同じ名前だとか…いや、昨日の疲れが取れてないのかもしれない。とにかく、町田は会社に向かうことにした。

 

しばらく歩き、コンビニ前を通ったところで、目出し帽をかぶった男とぶつかった。町田は前のめりになり倒れてしまう。目出し帽というスタイルとコンビニから慌てて出て来た事を踏まえると、コンビニ強盗で間違いないだろう。

 

「邪魔だ。どけ」

目出し帽の男は、乱暴な口調を町田に浴びせると、走り去ろうとしたが、後ろから追ってきたコンビニ店員とお客に飛び付かれ、取り押さえられた。お客の方が格闘技経験者のようで腕に自信があったようだ。

 

滅多に見られない場面に町田は興奮したが、次に強盗から発されたた言葉を聞いて目を見開いた。

「村中の指示でやったんだ。悪いのは村中だ~」

 

どういう事だ。昨日から「村中」という名前をよく聞くぞ。しかも、みんな村中に責任を擦り付けているような。

 

町田が会社に到着すると、本社の本部長がやってきていた。本部長のいかめしい顔を一目見て昨日の事だと察しがついた。

 

「町田君、1千万円相当の商品が紛失とはどういう事だね」

まだ営業部長から報告を受けてなかったので、謝罪することしか出来ない。

「申し訳ありません。原因を確かめ本日報告しようと思っていた所です」

「いいかね、お台場支店で起こった事は、全て君の責任だよ」

 

赴任してまだ三日。町田は自分のせいにされるのは納得いかなかったが、サラリーマンの世界ではこんな事日常茶飯事。と理解していたつもりであったが、

「む、村中のせいなんです」

と、つい口から出てしまった事に町田自身が驚いた。さんざん村中のせいにする人たちを見てきたから、思わず言ってしまったのかもしれない。部下のミスは上司の責任と言ってきた町田は、慌てて訂正しようとするが、

 

本部長から「…村中か。あいつは本当どうしようもないな」と思いもよらない言葉が返ってきた。さらに「町田君も村中には苦労すると思うが、まぁ頑張りたまえ」と励まされてしまう。

 

矛先が変わり町田は難を逃れることが出来た。

 

その日の晩。町田は不倫相手とホテルのレストランで食事をしていた。町田に元気がないのを不倫相手は見逃さなかった。

「どうしたの?奥さんと喧嘩でもした」

「いや、ちょっと会社でね」

「珍しい。あなたが会社の事で悩むなんて」

「別に悩んでいるわけではないんだ。ただ、部下をかばってあげる事が出来なくてね」

「そんな時もあるんじゃない。駄目な部下っているものよ。さ、仕事の事なんて忘れて楽しみましょう」

「ああ」

 

帰りが遅くなってしまった。町田が家に着いたのは深夜0時を回っていた。リビングに入ると、見るからに妻がイライラしていた。寝ていてくれれば、良かったのに。

「随分遅いじゃない」

「あ、いや、あの…」

「誰と一緒にいたのよ」

「あの、その、え~と…」パッと頭の中に「村中」という文字が浮かんだ「部下の村中と」

また思わず言ってしまった。妻が村中なんて知るはずがないのに。

「何だ、村中さんと飲んでたの」

「お、おう…」

怒っていた妻の顔が、何故かにこやかになる。どうなっているんだ。何で村中を知っているんだ。まぁいい。とにかく村中のせいにしよう。

「村中が帰らせてくれなくて。遅くなったのは村中のせいなんだ」

「そうなの。あなたも大変ね」

「まぁな。でもこれも仕事うちだと思って諦めているよ」

 

安心した町田は上着を脱ぎ、ソファに座った。一難去ってまた一難というのか、町田を見る妻の顔が赤く変色していくのが分かった。何だ?何がまずかった?

 

「何よその口紅」

妻の甲高い声を聞き、ワイシャツに口紅が付いている事に気が付いた。不倫相手の女が別れ際に抱きついてきた事を思い出す。あの女…。

 

「ち、違うだ。村中だよ。村中」

村中と飲んでいた事になっているから、こう言うしかなかった。自分でも呆れかえる程の言い逃れだ。通じるわけがない。

 

「何だ驚かせないでよ。村中さんがふざけてやったのね」

なぜか妻は納得したようだ。通じた…。

 

どうなっているんだ。あんな出鱈目で言いくるめられるとは。だけど、何にせよバレずに済んだ。町田は胸をなでおろす。

 

よく日。町田は車で大口の客先に向かっていた。何か手土産を買おうと百貨店に寄ろうとするが、何処も駐車場が満車であった。「すぐ戻るからいいか」と路上駐車をする。

 

思いのほか時間が掛かってしまった。百貨店から出て、車を停めた路地裏に戻ってくると、車の前に監視員がいて駐禁を切ろうとしていた。

「ちょ、ちょっと待って。今停めたところなんですよ」

「駄目、駄目、こっちは時間見てるんだから」

「駐車場がどこも満車で」

「いっぱいなら並ばなきゃ」

「そうなんですが…何とかなりませんか」

「ならないね。路上駐車したあなたがいけないんでしょう」

「違うんです」

キップを切られたくない一心からそう言っていた。

「違う?路上駐車したのは、あなたじゃないの?」

「あ、はい…む、村中です。路駐したの村中なんです」

 

監視員は町田を凝視する。町田は苦笑いを浮かべる。

 

俺、何言ってんだ。村中のせいにして、許してもらえるわけなんてないのに。そもそもこの人、村中の事なんて知らないだろう。

 

「ああ、村中でしたか。村中が路駐したなら仕方がない」

監視員は切符を切らずに立ち去った。町田、呆然と立ち尽くす。まさか、許してもらえるとは…。

 

町田は車を走らせながら考えていた。いったいどうなっているんだ。村中のせいにすれば、何だって許されるのか…?

 

町田は未だに村中に会った事がない。村中なんてヤツは、この世の中にいないのではないかと思い始めていた。

 

町田が会社に戻ってくると、本部長から電話が掛かってきた。「町田君、至急本社にきてくれ」

 

本社の会議室。町田と本部長が並んで座り、向かいの席には弁護士と丸の内支店の元社員の女が座っていた。丸の内支店は町田の前の配属先であった。

 

テーブルに置かれたボイスレコーダーを再生すると、町田の元社員の女に向けた怒鳴り声が流れ出す。隠し撮りしていたようだ。明らかなパワハラであった。女は慰謝料請求をするという。

 

証拠もあり、これは逃げられない。訴えられたら、下手をすれば会社にいられなくなるかもしれない。

 

追い詰められた町田はハッと思いつく。村中のせいにするか。いや、さすがに、通じるわけがない。でも、このまま黙って指をくわえているよりかは、一か八かにかけた方が。

 

「あの、パワハラは、村中のせいなんです」

と、はっきりと言った。パワハラがどうして村中のせいなのか、自分でも訳が分からないと思ったが、細かい事は気にしていられない。

 

弁護士と元社員の女が町田を凝視する。町田はゴクリと固唾を飲み込む。

 

ああ~、やっぱり無理か。無茶苦茶な言い分だもんなぁ。

 

しばらくして弁護士が「そうですか。そうだったんですか。村中のせいだったんですか。そういう事なら」と元社員の女の方を向く。女は「そうですね。まさか、村中のせいだったなんて…私、知らなくて。町田さん、すみませんでした」と逆に謝ってきた。

 

町田は大手を振って夜の街を歩いていた。全然知らなかった。社会にこんな裏技があったなんて。酔っている事もあり、何だか可笑しくなってくる。肩を揺らし笑う。アッハハハハハ。

 

ドン!と町田はガラの悪そうな男と肩がぶつかった。胸倉をつかまれ殴られそうになると、町田はニヤリと笑い「ぶつかったのは、村中のせいなんだ」と自信満々に言った。男は町田を殴らずその場を後にする。

 

「フッフフフ、アッハハハハハ、最高~、村中最高~」

高らかに笑う町田の背後から声がした。

「僕、関係ないじゃん。僕のせいにしないでよ」

 

町田はハッとなり、振り返ると、ひとりの男がこちらを見ていた。酔っているせいか、視点が合わず、顔が分からない。その男は更に言う。

「何でもかんでも人のせいにして。酷いよ」

「お前、村中なのか?」

町田は声を絞り出す。

 

その男は答えず人ごみの中へ消えていく。慌てて追いかけて行く。すぐに追いつき、目の前に村中の後ろ姿があった。「待ってくれ」と手を延ばす。しかし…

 

振り向いたのは、先程肩のぶつかったガラの悪そうな男だった。町田は「うわぁ!」と思わずその男を突き飛ばす。

 

すると男は車道まで飛ばされ…

 

ドーン!と運悪くトラックに撥ねられてしまう。男は即死。

 

騒がしかった夜の街は、一瞬にして時が止まったように静まり返った。野次馬たちの視線がゆっくりと町田に移動する。

 

「あの人がやったのよ」「酷い事するなぁ」「何であんな事が出来るの」「腹いせだろう」「ヤダ、怖い」方々からそんな声がささやかれた。

 

町田は意外と落ち着いていた。責任転嫁さえすれば、全て丸く収まる。野次馬たちだって一瞬で黙らせられる。

「村中だ。村中のせいだ~」

町田は大声を張り上げる。

 

しかし野次馬たちは「人が死んでいるのにそれは無理でしょう」「さすがになぁ」「責任転嫁のレベルじゃねぇよ」と騒ぎ立てる。

 

戸惑う町田。何でだ?何故通じない。知らないのか。この裏技を…。

「悪いのは村中なんだって。村中のせいなんだ。村中だって。む、ら、な、か。村中~、村中~、村中~」繰り返し叫び続ける。

 

誰かが町田を指差して言った。

「責任転嫁という麻薬に溺れると、ああなるんだ…」

 

遠くの方からパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。

 

数日後。富士商事お台場支店。営業部でトラブルが起きた。新支店長の男が駆けつけて来る。

「どうかしましたか?」

営業部長から事情を聞くと、手配ミスにより、大口の取引先に商品が届いてないという。「何でそんなミスをしたんです」

すると営業部長は言った。

「私ではありません。悪いのは町田です。町田のせいです」

 

作者プロフィール

春名功武(はるないさむ)

1977年、兵庫県生まれ。2000年大阪シナリオ学校演芸放送台本科卒業。第7回テレビ朝日21世紀新人シナリオ大賞優秀賞受賞。フジテレビ『世にも奇妙な物語』の脚本を執筆。第1回日経「星新一賞」優秀賞(JBCCホールディングス賞)受賞を経て、小説家としてデビューする。2015年からアニメ「ちびまる子ちゃん」の脚本をレギュラーとして担当し現在に至る。

【問い合わせ先】

メール:i.haruna@samba.ocn.ne.jp

小説を読もう!」にて作品掲載中。

前回のコラムはこちら↓

『ひいき目で見た白雪姫』 作・春名功武

2020年10月2日