『透明人間強盗団』 作・春名功武

〈あらすじ〉

ある博士と助手は、研究者と強盗の二足の草鞋を履いていた。ここ数年で、防犯セキュリティシステムを搭載した家も多くなり、街のいたるところに防犯カメラが設置され、強盗業を生業にしている者にとっては働きづらい世の中になってしまった。そんな危機的状況を打破する為に、博士は透明人間の薬を発明した。

〈本文〉

研究に励む優秀な博士の中にも悪党はいるもので。ある研究所の博士と助手は、研究者と強盗の二足の草鞋を履いていた。

そして今日、とんでもない薬を作りあげた。テーブルの上に並んだ薬瓶には、色鮮やかなトロピカルジュースのような液体が入っていた。

「博士、ついに完成したんですね」
「ああ、臨床試験をしたわけではないが、おそらく大丈夫だろう」
「成功すれば前人未踏の偉業ですね。ノーベル賞ものでしょう。おおやけに出来ないのが残念でなりません」
「悪事に使うために作ったのだから仕方あるまい。さっそく試してみるか」

助手が先に飲む事になった。白衣を脱ぎTシャツと長ズボンといったラフな姿になる。少し躊躇われたが、博士の事を信頼していたので、ゴクリと色鮮やかな液体を飲みほした。

効果はすぐに現れた。助手の肌の色がみるみると薄くなりだしたのだ。続いて、目玉、眉毛、髪の毛といった色の濃い部分も薄くなり…ものの数分で、全身が透明となった。Tシャツと長ズボンが宙に浮かんでいるようである。

「こいつは凄い。博士、本当に透明人間に…」
「ああ、見たら分かる」
「え、見えているんですか?」
「見えてないという事が見えているんだ」
「え!?…それは見えているんですか?見えてないんですか?」
「…とにかく成功だ」
「あ、ああ、博士やりましたね」
「これで、仕事がやりやすくなった」

ここ数年で、防犯セキュリティ会社の技術が大幅に向上し、リーズナブルで強固な防犯セキュリティシステムが簡単に自宅に搭載出来るようになった。そればかりか、街のいたるところに防犯カメラが設置され、悪さを働いてもすぐに身元が判明してしまう。強盗業を生業にしている者にとっては危機的状況であり、中には商売あがったりだと足を洗う者まで出ている有様だった。

そんな冷え切った強盗業界を救うために博士が開発したのが、透明人間になれる薬である。透明人間であれば、防犯カメラに映る心配もないし、強固な防犯セキュリティシステムを搭載した家であっても、家主が帰ってきたところを狙い一緒に入ってしまえば、簡単に突破できる。さらに現場に指紋すら残す事もない。透明人間こそが、この悪事を働きにくくなった世界を打破する唯一の手段であると、博士は考えていた。

博士も薬を一気に飲みほした。助手と同様にすぐに効果は現れた。みるみるうちに肌の色が薄くなっていき、あっという間に透明人間となった。

せっかくの透明人間、洋服を着ているというのも格好が付かない。洋服を着て格好が付かないとは、透明人間ならではであろう。二人は洋服を脱いで、全裸となった。お互いに見えてないはずなのに、股間を手で隠している。透明人間としてまだまだ自覚が足りないようだ。

「博士、それでどうします」
「ここから歩いて10分ほど行ったところにひときわ大きい屋敷があるだろう」
「高い塀に囲まれた洋風な作りの屋敷ですね」
「噂によれば、そこの家主は変わり者で、いっさい他人を信用しておらず、全財産を家に隠し持っているらしい」
「そいつを奪おうってわけですね」
「そうだ。ただ屋敷は最新鋭のセキュリティーシステムにより守られていて、防犯カメラもいたるところに設置されてある。鉄壁の要塞だ」
「鉄壁の要塞だろうが、何だろうが、今の俺らには……」
「ああ、そうだ。既に家主の行動パターンは調査済みだ。家主が帰ってきたところを狙って、一緒に入ってしまえば、簡単に忍び込めるというわけだ」
「やはり透明人間になって正解ですね。博士、さっそく行きましょう」
「まぁ待て。慌てるな。まずは確認しなければならない事があるだろう」
「確認ですか?」
「薬の効き目がどれぐらい持つかだ」
「開発者の博士でも確認しないと分からないものなんですか?」
「どんな薬でも、人によって効果は違うものだ。効いたり、効かなかったり、副作用が出たり、出なかったり。身体の状況、年齢、体重、生活習慣、過去の病歴などによっても違ってくる」
「そういうもんですか」
「10分やそこらで切れるかもしれない。そうなると使い物にならんからな。改良しなければならん」
「そんなに早く切れるとは思えませんが」
「わたしもそう思う。ただ、持続時間がはっきりしないまま動くのは極めて危険だ。タイミング悪く、屋敷に忍び込んでいる最中に薬が切れてしまうって事もあるかもしれないからな」
「それは不味いですね」
「一番避けたいのは、屋敷に向かう途中で切れることだ。街中で、全裸を披露する事になる。逮捕されたら、公然わいせつ罪だ。強盗がそんなちんけな罪で捕まったら、笑い者では済まされないぞ」
「強盗は強盗罪で捕まってこそです。公然わいせつ罪なんて、プライドが許しません。そういう事なら、しばらく待つしかありませんね」
「薬の最終テストだと思ってくれ。次が本番だ」

「3、2、1.0。イエーイ」
「何だ?何だ?どうしたんだ?」
「博士、透明人間になって1時間経ちました。まだ透明のままです」
「それで、何か体に異常は感じるか」
「いえ、特には」
「わたしもだ。1時間も持てばあの屋敷から大金を盗み出して帰ってくる事は可能だな」
「余裕ですよ」
「とりあえずは成功だ」
「ああ~、早く強盗行きたいなぁ」
「家主が帰ってくるのは19時だ。神経質で生真面目な男だから、大きくずれる事はないだろう」
「今、15時ですから、あと4時間ですね」
「それまでには薬が切れるだろうから、そしたら本番だ」
「博士、今日中には大金持ちですね」

「3、2、1、0」
「今度は何だ」
「19時になりました。まだ透明人間のままです。家主、そろそろ帰ってくる頃じゃないですか」
「そうだな。残念だが今日は中止だ」
「しかし5時間も持つとは…それで後どれぐらいで切れるんでしょうか」
「それを今調べているんだろう」
「そうなんですが、目安も分からないもんですか」
「そうだな。そろそろって気もするが…」
「そうですか…ハァ~」
「どうした?」
「なんか退屈で。さっきからする事がないから、ずっとユーチューブ見てますけど、何かこれでいいのかなぁっと思って」
「いいんじゃないか」
「でも博士、透明人間って言ったら、普通女風呂を覗きに行ったりするんじゃないですか。ベタですけど」
「女風呂覗きに行きたいのか」
「いや、覗きたいってわけじゃないんですが…何か家の中で透明人間やっているのって、透明人間の無駄使いしているなぁ~って」
「仕方ないだろう。薬の持続時間が分からないんだから、外に出るわけにはいかない」
「まぁそうなんですが。でも、ちょっとぐらいなら外に出てもいいように思うんですがね。さっきネットで調べたら、駅の反対側の商店街の中に銭湯があるみたいですよ」
「女風呂覗きたいのか」
「いや、違いますって。ただ俺は透明人間を味わいたいだけなんですよ。部屋にいるのも退屈だし」
「そんなに外に出たいなら、服を着て出るか。帽子にサングラスにマスクをすれば透明人間だという事は分からないだろう。薬が切れても全裸を披露せずにすむしな」
「そういう事じゃないんですよね。もういいです。何か変な事言ってすみません。家で大人しく薬が切れるのを待ちます」
「そうか」

「3、2、1、0」
「カウントダウン好きだな」
「博士、まだ透明人間のままです」
「ああ」
「24時間経ってまだ透明人間ですよ。長持ちしすぎですよ。24時間効く鼻炎薬じゃないんですから」
「わたし自身も驚いている。まさか丸一日持つとはな。わたしに薬を長持ちさせる才能があったとは知らなかったよ。新たな発見だな」
「そうですか。それで、いったいいつ切れるんです」
「さすがにそろそろ切れるとは思うが」
「博士、このまま18時半を過ぎても透明人間のままなら、強盗に向かいましょう」
「馬鹿を言うな。危険過ぎる。いつ全裸になるか分からない状態なんだぞ」
「丸一日持ったんです。大丈夫ですよ」
「丸一日持ったから、危ないんだろう」
「そうでしょうか」
「いいか、よく考えろ。透明人間になったのは、突然特殊な能力が目覚めたからじゃない。薬の力だ。薬が切れたら元に戻る」
「それは分かっていますよ」
「という事はだ。飲んですぐより、24時間経った今の方が全裸に近いんだぞ。今や全裸よりの透明人間なんだぞ」
「全裸よりでも透明人間には変わりないんですから。自信もって行きましょう」
「所詮、薬の力だ。必ず切れる。せいぜい持っても24時間ぐらいだろう。それ以上持つ事はない。持ったら奇跡。そうこう言っている間に、ほら、切れてきているんじゃないか。どうだ。薄っすら見えてきているだろう」
「一ミリも見えていませんよ。どこにいるかさえ分かりません。ちゃんと透明人間のままです」
「とにかくもうすぐ切れるはずだ。それまで待とう」

「博士、あれが例の屋敷ですね」
「ああ、最新鋭のセキュリティーシステムを備えた鉄壁の要塞」
「後5分もすれば19時です。そろそろ家主も帰ってくる頃じゃないですか」
「そうだな」
「今日こそは行きましょう」
「何度も言わせるな。危険過ぎる」
「大丈夫ですよ」
「全裸になってもいいのか。今日は下見だけだと言ったじゃないか」
「博士、こないだ言いましたよね。せいぜい持っても24時間だって。それ以上持ったら奇跡だって」
「ああ」
「あれから一週間も経つのにまだ透明人間のままですよ。奇跡が7回来ちゃいましたよ」
「奇跡って結構起こるんだな」
「博士も本当は分かっているんでしょう。危険はない。全裸にならないって」
「…そんな事はない。薬は必ず切れる」
「もういいです。博士が行かないのなら、俺だけでも行きます」
「何を馬鹿な事を。おい、何してる。やめろ。脱ぐな。脱ぐんじゃない。こんなところで姿をさらして、もし見られたらどうする」
「透明人間が見られるわけがないでしょう。博士はここにいて下さい」
「待って。おい、待てって。帽子をとるな。あ、サングラスも。マスクまで」
「博士、行ってきます」
「待つんだ。行くな。話がある。重要な話だ。実は少し前から思っていた事なんだが…え、聞いてる?え、いるよな?そこにいるんだろ。え、いないの。いるなら何か言って。え、いないの。もしかして、ひとりで喋ってる?」
「まだいますよ」
「あ、そ、そうか。いたのか…」
「それで話ってなんですか?」
「わたしなりに今置かれているこの状況を分析してみたんだが、確かにこれほど薬が持つのは異常だ。何か人智を超越した力が働いているとしか考えられん。分からんが、神様が強盗を止めろと警告しているかのように思えるのだ」
「博士、いつからそんな非科学的な事を信じるようになったんです」
「一流の科学者ほど神の存在を信じるものだ。何故なら科学では証明出来ない現象がある事をよく知っているからな。そんな事より、これが神の警告だとすれば、強盗でいる限り透明人間のままかもしれないぞ」
「え…二度と元には戻れないって事ですか」
「正直、何とも言えんがな。強盗から足を洗った途端、あっけなく元に戻るかもしれん」
「一生、透明人間なんてまっぴらごめんです。博士、足を洗いましょう」
「悔しいが、その方がいいだろう」

「博士」
「何だ?」
「あれから一週間経ちますが、透明人間のままじゃないですか。どうなっているんですか?」
「知らんよ。何でもかんでもわたしに聞くな。自分で考えろ」
「博士が、神様がどうのこうの言い出したんじゃないですか」
「お前、形だけじゃないのか」
「ハァ!?どういう事です」
「本当に強盗を辞めたのかと聞いているんだ」
「辞めましたよ。綺麗さっぱり足を洗いましたよ。未練なんてありませんよ」
「本当の本当だな」
「本当の本当です」
「元に戻った瞬間にまた強盗を始めようなんて思ってるんじゃないだろうな」
「そんな事考えた事もありませんよ」
「じゃ関係なかったのかも」
「え、どういう事です」
「だから、神の警告とかそういうんじゃなかったって事だろう」
「え!?じゃどうして透明人間のままなんです」
「薬が効いているんだろう」
「まだ効いているんですか」
「そうだよ。まだ効いているんだよ。二週間経ってもまだ効いてるんだよ。このままだと三週間経っても効いてるんじゃないか。四週間経っても効いてるだろうな。くそぉ~、長持ちにも程があるだろう。吊るすタイプの虫除けじゃないんだぞ。何なんだよ」
「博士、落ち着いて下さい」
「ああ~、わたしは強盗を辞めるのをやめる」
「え、そうですか。じゃ俺も辞めるのをやめます」
「じゃ行くか」
「行くって」
「あの屋敷に決まっているだろう。ちょうど今出れば、家主が帰ってくる頃だ」
「でも博士、効き目がいつ切れるか分からないこの状況で、向かうのは危険じゃ」
「いや、切れんだろう。ここまで切れてないんだ。切れるわけがない。切れてたまるか。絶対切れないよ」
「そうですよね、切れるわけないですよね」
「よし、透明人間の恐ろしさ思い知らせてやろう。さ、出掛けるぞ」

全裸で研究所を出た博士と助手は、大手を振って街を歩く。帰りに銭湯に寄って女風呂を覗こうと話し合っていた。全裸に怯えて、消極的になっていた彼らはもうそこにはいなかった。

街を歩けば、みんな洋服を着飾り、格好良く見えるように取り繕っている。透明人間には無縁の世界。見えているから、他人の目が気になる。見えてないという事は、何にも遠慮する事はない。自由。無敵の存在。ああ~、なんと言う解放感なのだ。

10分後。高い塀に囲まれた大きな屋敷の前に辿り着いた。博士と助手は呆然と立ち尽くしていた。こんなものこの間来たときにはなかった。高い塀のいたるところに「売物件」という看板が貼り付けてあった。既に出て行ったようで、屋敷の中には人影がなかった。商売が成功している勝ち組は、直感めいたものが優れており、危機を未然に察知する力を持っているのかもしれない。

良い知らせというのは、忘れた頃にやってくるもので。それは悪い知らせもしかり。馬鹿みたいに口を開けて、立ち尽くしていた二人にさらなる悲劇が襲う。薄っすらと肌の色が浮かび上がってきて、そんなに時間がかからず、元通りになった。恐れていた、全裸になったのだ。

二人は看板に意識をとられ、悲劇が訪れていることに未だに気が付いていない。通りがかった人たちは、中年男性二名の全裸に、強い不快感を持った。それにしても、全裸の男たちが「売物件」の看板を見ているとは、なんとも滑稽である。「おいおい、家を買う前にまずは服だろう」と口々に言う声が聞こえてきた。

遠くの方からパトカーのサイレンが…

作者プロフィール

春名功武(はるないさむ)

1977年、兵庫県生まれ。2000年大阪シナリオ学校演芸放送台本科卒業。第7回テレビ朝日21世紀新人シナリオ大賞優秀賞受賞。フジテレビ『世にも奇妙な物語』の脚本を執筆。第1回日経「星新一賞」優秀賞(JBCCホールディングス賞)受賞を経て、小説家としてデビューする。2015年からアニメ「ちびまる子ちゃん」の脚本をレギュラーとして担当し現在に至る。

【問い合わせ先】

メール:i.haruna@samba.ocn.ne.jp

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