北野天満宮【菅原道真】学問の神は呪術師?雷神?日本三大怨霊の一人の謎

全国に約1万2000社ある天満宮、天神社の総本社である北野天満宮。

学業成就や厄除けなど様々なご利益を期待できることで、受験シーズンはもちろんのこと年中訪れる方が絶えない神社です。

ご祭神は「学問の神様」として有名な菅原道真公(すがわらのみちざね)

さてこの菅原道真には、学問の神様の他にもいくつかの顔があります。

実は「雷神」や「日本三大怨霊の1人」といわれているのをご存知ですか?

今回は、かつて雷神や日本三大怨霊と呼ばれた菅原道真公が、なぜ今では学問の神様になったのか?

人気漫画「呪術廻戦」では最強呪術師である五条悟の先祖で呪術師であったともされていますが、実際の菅原道真は呪術師であったのか?

など詳しくご紹介します!

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菅原道真とは?|なぜ日本三大怨霊と呼ばれたか

菅原道真は、平安時代に京都の中流貴族の家に生まれました。

幼い頃は勉学や詩歌に素晴らしい才能を発揮し、わずか5歳で和歌を詠むなどし「神童」と呼ばれていました。

学者や漢詩人などを経て、当時の国家公務員にあたる官吏(かんり)となります。

天皇からの信頼も厚く、寛平6年(894年)には唐の国情不安と衰退を理由に遣唐使の廃止を進言したことでも知られています。

そうしてめざましい活躍を見せる菅原道真は、朝廷の最高職とされ実質国のNo.2ともいえる右大臣に就任し、左大臣である藤原時平(ふじわらのときひら)と並ぶ権力をもったといわれています。

ただ、菅原道真の出世が面白くない人も多く、もう一人の権力者で左大臣である藤原時平はあることを企てます。

それは当時の天皇である醍醐天皇

菅原道真は天皇を廃帝させるために陰謀を企てている

と伝え、菅原道真はなんと無実の罪を着せられることになります。そしてそれを信じた醍醐天皇は怒り、菅原道真は太宰府(現在の福岡県)に左遷されてしまいます。

この時、家族とも十分な別れを惜しむことも許されずに京都を離れる際に、自宅の梅の木にこんな別れの歌を詠みました。

東風吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ

意味は
春風が吹いたら、香りをその風に託して太宰府まで送り届けてくれ、梅の花よ。
主人である私がいないからといって、春を忘れてはならないぞ。

その後も菅原道真は無実を訴えますが一切聞き入れられず、太宰府では囚人と同じような衣食住もままならない厳しい生活を強いられながら、それでも身の潔白とともに皇室の安泰と国の平安を祈り続けたまま2年後、享年59歳で亡くなってしまいました。

ここから京都では、菅原道真の怨霊による祟りとされるような様々なことが起こります。

 

まず菅原道真に無実の罪を着せた藤原時平が39歳で突如亡くなってしまいます。

さらにその後、醍醐天皇の皇子である保明親王(やすあきらしんのう)も亡くなってしまいます。

不幸は続き、台風や洪水などの天災が襲い、宮廷では落雷で7名が犠牲になったとされています。

これにより菅原道真は後に雷の神「天神」として崇められることになります。

その3ヶ月後には、醍醐天皇まで病で亡くなってしまう事態にまでなりました。

これら国を揺るがす一連の出来事は、菅原道真の怨霊による祟りであると恐れられ、なんとか怒りをおさめようと死後にもかかわらず左大臣などの位を与えるなどしますが、災いが止まることはありませんでした。

そして菅原道真を神としてまつり怒りをおさめるため、また落雷などで亡くなった関係者の鎮魂のために建てられたのが北野天満宮です。

そうしてこの祟りとされる出来事はおさまり、雷神や怨霊としてまつられることになった菅原道真ですが、時が経つにつれて生前での学問の才にあやかろうと、いつしか「学問の神様」として崇められるようになりました。

そして死後に無実が証明されるのですが、このことで「冤罪を晴らす神」としてもご利益があるとされています。

今や菅原道真をまつる天神社や天満宮は全国に数多く存在し、学業成就や合格祈願のご神徳が得られる神社として有名になりました。

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呪術廻戦では最強呪術師の祖先|菅原道真は呪術師?

人気漫画「呪術廻戦」における最強の呪術師である五条悟、そして同じく最強クラスの特級呪術師である乙骨憂太ですが、そんな二人の祖先が菅原道真とされています。

作中でも日本三大怨霊の一人とされている菅原道真の血筋は呪術師の中でも屈指のエリート家系であることがうかがえますが、実際に菅原道真は呪術に関係があったのでしょうか?

調べたかぎりでは実際には呪術師だったという情報はどこにもありませんでした!

おそらく、日本三大怨霊ということや様々な逸話から、そして呪術全盛といわれる平安時代に生きた人物であることから作者が作った設定であると思われます。

まだ名前しか登場していない菅原道真ですが、この先「日本三大怨霊」としてボス級で登場したり「雷神」としての登場があるかも知れませんね!

これまで「大地の呪い」、「森の呪い」、「海の呪い」がすでに登場していますので、菅原道真がいつか「雷の呪い」として登場してもおかしくありませんよね!

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北野天満宮の七不思議

北野天満宮には、七不思議があるとされています。

ご紹介します!

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その一 影向松(ようごうのまつ)

表参道の大鳥居(一ノ鳥居)をくぐって右手に、石の玉垣で囲まれた一本の松が立っています。創建された時からご神木として立つこの松は影向松と名付けられており、ここの不思議としては立冬から立春前日までに初雪が降ると天神さまが降臨され、雪見を愛でながら詩を詠まれるという話があるようです。現在でも初雪が降った日には、硯(すずり)と筆と墨をお供えして「初雪祭」の神事をおこなっています。

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その二 筋違いの本殿

通常、神社では参道の正面に本殿が立つというのがよく見られるのですが、ここの楼門参道の正面には本殿ではなく摂社である地主社が立っています。これは、もともとこの地には地主神社があり、後から菅原道真をおまつりする際に地主社の正面を避けて本殿が建てられたからだそうです。

その三 星欠けの三光門

本殿前の中門は三光門と呼ばれています。ここには「星欠けの三光門」という伝説が残っています。それは、門の名は日・月・星の彫刻に由来しているけれども星は天上に輝く北極星のことで、実際には刻まれていないという説。平安時代、御所の場所は現在とは異なり当宮を北西に臨む千本丸太町に位置し、帝が当宮に向かってお祈りをされる際、三光門の真上に北極星が輝いていたからだと伝えられています。

その四 大黒天の燈籠

三光門から少し東南に立つ石の燈籠は台座に大黒様の像が刻まれています。その昔、この大黒様の口に小石をのせて落ちなければその小石を財布に入れて祈ることでお金に困らないという運試しが行われていました。今では「落ちない」にかけて受験生にも人気のスポットとなっています。

その五 唯一の立ち牛

境内に多く見られる神牛の像や彫刻は、天神さまのお使いとされています。これは菅原道真が丑年生まれであったこと、太宰府で生涯を終えた際、そのご遺骸をお運びする途中で車を引く牛が座り込んで動かなくなり、やむなく付近の安楽寺に埋葬したという故事に由来しています。この伝説から神牛は臥牛(伏した牛)の姿であらわされていますが、一体だけなぜか立った姿の神牛が拝殿の欄間(らんま)に刻まれています。

その六 裏の社

通常、神社は前から拝むように造られていますが、こちらの本殿は背面にも「御后三柱(ごこうのみはしら)」という御神座をもっています。道真公の御神座と背中合わせの形で北向きにおまつりされているのは道真公のご先祖様の天穂日命(あまのほひのみこと)、父の菅原是善(すがわらのこれよし)、祖父の菅原清公(すがわらのきよとも)という三柱の神さまです。かつて天満宮の参拝はこの「御后三柱」も含めて礼拝するのが普通でした。皆さまもぜひお参りしてみてください。

その七 天狗山

境内の北西、赤い鳥居が並んだ先に一願成就のお牛さまをおまつりする牛舎があり、その向こうに見える小山が、天狗山と呼ばれています。室町時代に描かれた「社頭古絵図(しゃとうこえず)」(北野参拝曼荼羅)には、烏天狗が描かれており、大昔にこの辺りに天狗が出没したという伝説が残されています。また、この場所は都の守護を司った乾(北西)の方角に立つ北野天満宮の境内の、その中のさらに乾の方角にあることから特に神聖な場所とされており、京の都を守っています。

まとめ

この北野天満宮は、菅原道真の祟りをしずめるために建てられた神社ですが、いつしか「京都の平穏を守る神社」として崇められるようになり、菅原道真が幼少の頃から勤勉であったことから今では「学問の神様」や「受験の神様」として慕われるようになりました。

今では全国から絶えず参拝者が訪れる京都屈指の人気パワースポットになった北野天満宮。

ここにはかつて怨霊と恐れられた神様が、京の都を守っています。

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