【本当は怖い清水寺】冥界の入り口?京都屈指の心霊スポットの怖い話とは

修学旅行や初詣など、常に観光ランキングの上位にあがる、世界遺産「清水寺」。

実は京都屈指の心霊スポットとしての顔があるのをご存知でしょうか?

ここ清水寺がある音羽の山から南西に広がる「鳥辺野(とりべの)」と呼ばれる丘陵地帯があります。

実はこの辺りは昔、遺体の収容地でした。

それも火葬などではなく、遺体はそのまま谷に棄てられ野ざらしにされていたそうです。

そんな歴史に暗い一面を持つこの土地にまつわる様々な伝説や、観光で訪れた方が体験した心霊現象などをご紹介します。

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鳥辺野の歴史|紫式部「源氏物語」にも

昔、このあたりには風葬(ふうそう)という風習がありました。

風葬とは、今のように遺体を火葬して骨を墓に埋葬するのではなく、遺体を野ざらしにすることで自然に土に帰すというものです。

遺体はよく鳥についばまれ喰われていたそうで、鳥葬(ちょうそう)とも呼ばれ、鳥辺野の名前もここからきているそうです。

平安時代、亡くなった人の身分に応じて貴族は「火葬」、そして民衆はこの「風葬」にされていました。

778年(宝亀9年)に延鎮上人(えんちんしょうにん)が夢に出てきた仏様のお告げで開山し、798年(延暦17年)に坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)によって創建された清水寺は、この辺りに風葬された魂を安らげるように建てられたという話もあり、清水寺が高い場所に作られたのは、谷から漂う死臭を避けるためともいわれています。

紫式部の「源氏物語」にもこの鳥辺野が葬送の地として幾度も登場します。

夕顔の葬送の一節にはこうあります。

河原のほど、 御前駆の火もほのかなるに、 鳥辺野の方など見やりたるほどなど、 ものむつかしきも、何ともおぼえたまはず、かき乱る心地したまひて、おはし着きぬ。」

これを意訳すると

加茂川の河原を通るころ、前駆の者の持つ松明の淡い明りに鳥辺野のほうが見えるというこんな不気味な景色にも、源氏の恐怖心はもう麻痺してしまっていた。ただ悲しみに胸が掻き乱されたふうで目的地に着いた。」

というふうになり、源氏の「鳥辺野は不気味で恐ろしい場所である」という認識が読み取れます。

源氏物語の登場人物で亡くなった多くは、この鳥辺野を葬地とされています。

また江戸時代では、清水寺のせり出した舞台から身を投げることで「願いが叶う」や「極楽浄土に行ける」といった信仰があった為に、何人もの人が舞台から飛び降りたとされています。

音羽の山のふもと辺りは「六道の辻」と呼ばれ、かつて京都で亡くなった人の骨などが流れてきていたそうです。
轆轤(ろくろ)町という町名が残っていますが、昔は髑髏(どくろ)町といわれていたそうです。

昔から“あの世とこの世の分かれ目”や、“冥界の入口”とも呼ばれるこの辺りには、あの世がらみの不思議な伝説やお寺などが多くあります。

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清水寺の不思議な伝説

清水寺には知られざるこんな不思議な伝説があります。

昔、京の東山に若くて、器量良しの女がいました。

しかし、その女は身寄りはなく、食べることもままならぬほど、貧しい暮らしをしていました。ある時、女は

「独り身の私がこうして生きていられるのも、観音様のお陰…」

と思い、それからは毎日、朝と夕暮れに清水に詣で、観音様に手を合わせるのが日課になりました。

ある日のことです。清水寺へ参る坂の途中で、女は見知らぬ老婆に出会いました。老婆は女に

「毎朝、毎夕、ひとりでお参りをしておられるようだが、知り合いの人は誰もおらぬのか?」

と尋ねました。女は

「私には知り合いなど誰ひとりおりません」

と答えると、老婆は

「それはお気の毒なこと…。これからは、私の庵で食事をしてからお参りすればよい」

と自分の庵に女を招き入れ、食事をふるまったのです。
それからは、女は老婆の庵でご馳走になっては清水にお参りするようになりました。しかし、女の貧しさは増すばかりで、次第に着ている着物もボロボロになってしまいました。それでも女は、自分の不運を顧みては観音様への信仰心を深め、お参りをし続けていたのでした。

それから数年経ったある日の清水からの帰り道のことです。女は急に気分が悪くなり、愛宕寺(現:六道珍皇寺)の三門の脇で休んでいました。すると、そこに馬に乗った男が通りがかり、女の様子を見て、話しかけてきました。

男「どうされましたか?」

女「清水さんから帰る途中なのですが、ちょっと気分が悪くなって…」

男「それなら、そこにある小屋で休んだ方がいい」

男は小屋の扉をこじ開けて、女を連れて中に入り、結局、女はその通りがかりの男と一夜を過ごしたのでした。翌朝、男はこう言いました。

「あなたとこのようなことになったのは、前世からの因縁だと思います。私はこれから旅に出ますが、私といっしょに行きましょう」

女はこう答えました。

「私は誰ひとり身寄りのいない身で、都を離れて何処か遠くへ行きたいと思っていました。だから、連れて行って貰えるのは嬉しい限りでございます。ただ、気掛かりな人がいて、その人にご挨拶をしてから行きたいのです。その人とは、この坂を二町ほど上がったところにある庵に住んでいるお婆さんで、ここ数年ほど、とても親切にしてもらったのです」

男は、町で着物を買い、女を小綺麗にして、一緒にその老婆の庵に向かいました。

老婆はふたりを快く迎え、女は男とのいきさつを老婆に話しました。そして、最後に

「これから、この人と遠い国に旅に出ることに決めたので、その前に、お婆さんにご挨拶をしたいと思い、お訪ねしたわけです。本当に長い間、親切にして頂き、ありがとうございました。この先、また会えるかどうかはわかりませんが…」

と言って泣きました。

老婆は女にこう言いました。

「私はきっとこんな日が来ると思っていましたよ。お参りをしていれば良いことが必ずあるのです。本当に良かった」

そして、女は何か形見をということで、自分の髪を一房切って、老婆に渡しました。

老婆はその女の情け深さに涙を流し、自分の指先にその髪を数本、巻き付けて言いました。

「この先、たとえ生きて会うことが出来なかったとしても、この指だけは決してなくなることはないでしょう。私に会いたくなったら、この髪を巻いた指を目印に訪ねてきておくれ」

ふたりは別れを惜しみ、そして、女は男と共に旅立っていきました。

その後、女は一緒に旅立った男が陸奥守(むつのかみ)の御曹司であったことから、裕福に暮らし、幸せな日々を送りました。

それから、4年。女は男と共に、再び、上京することになり、京に着くと早速、老婆に会いに庵に向かいました。ところが、老婆の庵があった場所には庵はなく、そればかりか、庵があった痕跡すらなく、藪が鬱蒼と生い茂っていたのです。

「なんて、悲しいこと…。しかし、一体、これはどういうことなの…」

そう思いながら、清水へお参りをした後、観音様の姿を見たとき、唖然としたのです。

それは、観音様の指に、形見として老婆に渡した自分の髪が巻かれていたからです。

女はその意味を瞬時に悟りました。

「私を助けるために、観音様が老婆の姿になって現れてくださったのね…」

女は感謝の気持ちから、声をあげてその場に泣き崩れました。
それからも、女は、何ひとつ不自由なく、男と幸せな一生を過ごしたそうです。

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清水寺での心霊体験

ネット上では、清水寺での大小様々な心霊体験談がありました。いくつかご紹介します。

昔、中学の校外学習で京都に行った清水寺の近くに三年坂という坂があり「三年坂で転ぶと三年で死ぬ」という伝説がある。

坂の上の清水にある子安観音に「お産が寧か(やすらか)でありますように」と祈願するために通る坂。

であることから、安産祈願の妊婦が転ばないようにと注意を促す話だとガイドから聞いていた。

三年坂は石畳で作られていて、雨なら滑るかもしれないなと思った記憶がある。

秋晴れの、少し肌寒い日、友人はこの坂で転んだ。

私を含め同じクラスの子はみんな

「ちょっ?!ヤバイんじゃない?!」

と言いながら友人に手を貸して立ち上がらせた。

そんな迷信を、転んだ本人も含め誰も信じていなくて、彼女は

「三年坂で転んだ私」

とその後も完全にネタにさえしていたくらいだった。

清水寺について、彼女はバスガイドさんにも

「転んじゃった。私、死ぬかもー」

と笑って話していた。

翌日、バスガイドさんから彼女は御守りにと瓢箪のストラップをもらっていた。

「転んでしまっても、この瓢箪には厄よけの効果があるそうだから、大丈夫よ」

と本人は気にしていなかったから、翌日になってまで御守りを渡されたことに

「そこまで気にしてないんだけど…」

ビックリしつつも、ありがたく受け取っていた。

しかしぶっちゃけ可愛いものじゃない。

だからか、カバンの中に入れたままで、それを袋から出して何かにつけたりはしなかった。修学旅行から帰って

「三年坂で本当に転ぶ人がいるなんて」

としばらくはネタにされていた。

「ところであの瓢箪どうしたの?」

グループの誰かが聞くと、彼女はパッケージに入ったままの瓢箪をカバンから取り出した。

「一応、持ってるよ!」

そう言ってパッケージから瓢箪を取り出して、みんなにそれを回して見せてくれた。

瓢箪は蓋がついていて、中に6つの小さな瓢箪と、小判やら鯛やら破魔矢みたいなのが入っていた。

4月になり、私たちは付属の高校へ進んだ。

私とはクラスは別になってしまったけど、高校から入学してきた子に彼女は瓢箪を見せながらネタ的にあの話をして笑いをとっていたそうだ。

「可愛いね!中にもちっちゃい瓢箪が4つ入ってるんだね♪」

彼女はその時見せていた子からそう言われて、初めて瓢箪の異変に気がついたらしい。

「あれ、絶対6つあったよ!」

その日、あの時一緒に行動していた仲のいい友人数人で集まって中身を確認した。

カラフルな6つの瓢箪のうち、赤とピンクがないことに気づいた。

色が似てるから、もっと違う色のほうが可愛いのにねと話していたから間違いない。

他にも金色の破魔矢もないことに気付いた。

カバンの中もよく見たけど、カバンの中には落ちていなかった。

いつからないのかも、なくした場所すらわからなかったけど、彼女は気にするわけでもなく

「まぁ、でも所詮迷信だし。ないからどうなるわけでもないからいいよ。見つかればラッキー!くらいだわ」

そう笑った。

秋を迎えたある日、彼女はあの校外学習があった同じ月に死んでしまった。

金曜日の放課後、駅から自転車で家に帰る途中で事故に遭ったそうだ。

お通夜の時に彼女の顔を見たら、顔だけは寝ているみたいに綺麗だった。

葬儀も過ぎて、いよいよ納骨される四十九日の前に、私たちは最期のお別れがしたくて彼女の家を訪問した。

祭壇には遺影とお骨、お花や果物が供えてあったが、あの時持っていたであろう通学カバンや折れた携帯電話などが置いてあった。

カバンは轢かれなかったのか、特にボロボロになっている様子はなかった。

「カバン…見てもいいですか?」

と友人が許可を取り、中を見始めた。

「中身はその時のままなのよ」とお母さんが話してくれた。

友人の手が止まり、半泣きで私たち全員の顔を見始めた。

カバンから出した手は、蓋と紐だけになった瓢箪ストラップが摘んでいた。

瓢箪がなくなったことと、亡くなった因果関係はわからない。

でも彼女のお母さんはそれを見てこう言った。

「あら、瓢箪いつなくなったのかしら…事故の1週間前くらいには多分あったと思うけど、事故で落としちゃったのかしらね」

迷信かもしれない。迷信じゃないかもしれない。

けれど彼女が亡くなったのは事実です。

京都の三年坂を通るかたは、くれぐれも転ばないように足元にご注意ください。

ーーーーーー

私は小さい頃から、周りに比べると霊感が強い方だと思います。 一度、京都の清水寺に行った時にも心霊体験を経験しました。

清水寺は、清水の舞台から飛び降りるという言葉があるように、 昔は清水寺から飛び降りれば願いが叶うとされており、 江戸時代には清水寺から飛び降りる人が沢山いたそうです。

私が心霊体験をしたのは大学生の頃です。 友人5人と京都観光に出かけ、お寺巡りをしていました。

5人の中でも、中学高校と6年間もクラスが一緒で大の仲良しのY子と、 その日も隣同士で歩いていました。
するとY子が子供を抱いたお地蔵さんを見つけて、 「お地蔵さんに手を合わせておこう。」と言ってきました。

私とY子は何も考えず、お地蔵さんに向かって手を合わせました。 その日の夜から、私の周囲で不思議な事が起こり始めました。
誰もいないはずの部屋から物音が聞こえたり、 使っていないはずのビデオデッキが勝手についたりと、 怪奇現象が起き始めたのです。

それだけではなく、夜は金縛りにあうようになり、 赤ちゃんが泣いている夢をよく見るようになりました。
しばらくこのような事が続いたので、霊能者の方に見て頂いたところ、 清水寺で手を合わせたお地蔵さんが原因だと言うことが分かりました。

どうやら、そのお地蔵さんは、 子供を産むことが出来ない母親の像だったらしく、 子供を産めなかったことを後悔しており、 母親の霊は成仏出来ずにいるとのことでした。

その霊が健康そうな私にとりついてしまい、 怪奇現象が起きたとの事でした。
清水寺には、未だ供養されずにいる霊が沢山いるので、 心霊スポットとして語り継がれているそうです。

ーーーーーー

もう10年以上前、京都祇園での神隠しの話。

関東から京都に修学旅行に来た中学生が班行動中に行方不明になった。
男2人、女3人の班で、いなくなったのはそのうち1人の女生徒だった。

班ごとに一つずつ持たせていた携帯電話から担任に連絡が入り、午前11時ごろ、清水寺から祇園に向かっている途中ではぐれたという。

教員と警察は一帯を手分けして捜して回ったがなかなか見つからない。
これは迷子ではなく誘拐ではないか、全ての班を宿に戻らせようか、ならば京都にいる修学旅行生全員を、しかしそんな一大事は容易には……

と騒ぎがいよいよ大きくなってきた午後2時前、渡月橋を一人で歩いている所を巡回中の警察官に発見、保護された。

女生徒は怪我もなく、学校と氏名をすらすらと述べたが、放心してその外は聞くに答えず、病院に運びこまれた。
翌日、女生徒の語った所によると経緯は次のとおりであった。

建長寺(建仁寺の誤りと思われる)の山門を横に見て歩いていくと、ほどなく古い建物の並ぶ通り(花見小路と思われる)に出た。

しばらく歩いていくと脇でガラガラと戸を開ける音がした。
何気なく目をやると戸を開けた先に信楽焼の狸が立っていた。

「見て、タヌキ」

と向き直って他の生徒に声をかけると

「本当だ」「家にもあるぞ」と数秒足を止めて眺めていた。

しかし狸で盛りあがるのも数秒のうち、すぐ飽きてまた歩こうとすると班のメンバーは黙ったまま、じっと狸を見て動かない。

おや、と思って再び狸のほうを見るが先ほどと何ら変わりない。

「どうしたの?」と問うも、皆は黙ったままタヌキの方へ歩き出した。

不審に思い「ねえどうしたの、どうしたの」としきりに問いかけるが答えは来ず、班員はとうとう玄関先に至って狸を撫で始めた。
そのとき妙に冷静になるというか、状況が理解できた気分になって

「みんな狸が好きなんだ」と今思えば訳の分からない納得をしていた。

しかし自分も一緒になって狸を撫でようという気はおこらず、むしろ遠巻きに眺めるにつれてタヌキが憎たらしく思えてきた。
別に友人が狸に夢中になっていることが悔しいというわけではなく、何かを思い出したかのように狸への嫌悪感が沸きあがってきた。

ドドンという太鼓の音で気がつくと、自分は心の中で「狸は憎い、狸を殺そう」と延々と呟いていた。

どれだけそうしていたかも分からなかったが、その太鼓の音で我に返ると、友人たちは両手を狸につけたまま顔だけこちらに向けて無言で彼女を見つめていた。

「それ狸だよ?なんで騙されるの?」と叫ぶと、むわっと生暖かい風が吹き、狸の家の引き戸がピシャっと閉められた。

急いで駆け寄るが足元の地面がぐにゃりと伸びていってランニングマシーンのようにいくら走っても進めない。

生ぬるい風が運んできたコロッケを揚げたような匂いが充満してきた。左右を見渡すと人影もなく、怖くなって通りを走って逃げた。

自分はまっすぐ走っていても、周りの景色や地面がグニャグニャと曲がり、意思とは関係なく脇道を何度も曲がりながら走っていった。

何度か立ち止まったが、周りの景色はグニャグニャで恐ろしく、ドドンという太鼓の音が聞こえるとまた走らずにはいられなくなった。

しばらくそれを繰り返すとグニャグニャだった景色が整いだして、落ち着くと田んぼの中のあぜ道を歩いていた。

地元でも見たことのないくらい大きなトンボが沢山飛び回っていた。
手にはすりこぎのような棒と金属製の円盤を持っていて円盤は装飾が為されたうえに紐がついていた。
これは銅鑼(どら)に違いないと思い、それを叩きながら歩いていった。

とにかく人に見つけて欲しいし、万一熊が出るのも怖かった。
銅鑼は一斗缶を叩いたときのようにガララン、ビシャーンと鳴った。

そうして1時間ほど歩いただろうかという頃、ついに田んぼの脇の山から天狗の格好をした人が現れた。

さすが京都、本物の山伏がいるのだと思い、助けを求めたところ、天狗は身振り手振りで言葉を話せないことを伝えてきたので残念に思いつつも、無言の行という修行があると以前マンガか何かで見たことがあったので、それだと思って納得した。

天狗に従って小川の土手に進むと握り飯を差し出してきたので食べた。
食べ終わると今まで携えてきた銅鑼がなくなっているのに気づいたが、無言の行の最中であるのを思い出したので何も問わなかった。

それまでの疲れがどっと出て、満腹感も相俟って眠くなってくると天狗が自分を背負ってくれたので、そのまま寝入ってしまった。

目が覚めると天狗の姿はなく、公園のベンチに座っていた。
近くに橋が見え、人が多く歩いているのを見て安心したが、自分がいま迷子なのを思い出し、場所を尋ねると渡月橋という。

渡月橋は午後のスケジュールに入っていたのを覚えており、このあたりにいれば誰かが見つけてくれるだろうか。
あるいは交番を探すか電話を借りようかなどと思案しているとちょうど警官が歩いてきたのが見えたので助けを求めた。

それから後のことはよく覚えていないという。

同じ班の生徒によれば、女生徒は急にいなくなったのであり、狸やコロッケの匂いなどに心当たりはないという。
近くを歩いていた別の班の生徒や他の通行人も同様であった。警察の捜索でも怪しい山伏や銅鑼は発見されなかった。

山伏の中にはこの話を聞いて、何々様の祟りだとか臨死体験により彼岸を見てきたのだとか言う者もいたが、医師によれば女生徒の語った内容は誘拐のショックでだいぶ歪められているとのことで、それが尤もなことであろう。

だが本当にこれは誘拐事件だったのだろうか。
話を聞かせてくれた関係者はこれを神隠しといって憚らなかった。

この未成年者略取の一件は既に時効が成立した。
女生徒は現在20代で、地元の菓子メーカーに勤めている。 

ーーーーーー

この他にも清水寺の裏手から将軍塚へと通じるハイキングコースの途中の休憩所では着物姿の女の霊が出るという噂や、知恩院へ続く道から少し外れた獣道では数年前に首吊りがあって以降、幽霊が出るという噂がありました。

この将軍塚へと通じる道は、昼間でも雰囲気があり、人によっては、通る時に寒気がして鳥肌が立ってしまうといわれています。

清水寺近辺にはこのような不思議な話がたくさんあるようです。

このほかにも、よくある話では、清水寺の境内で写真を撮るとオーブと呼ばれる人魂のような白い玉のようなものがよく写り込むそうですよ。

ちなみに筆者が取材時に撮った数十枚の写真のうち一枚だけ不思議な写真が撮れましたのでここに載せておきます(夜光の加減かも知れませんが笑)

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縁結びで有名「地主神社」にある呪いの杉の木

清水寺の境内にある縁結びで有名な地主神社(じしゅじんじゃ)。

実はその境内にはなんと丑の刻参り(うしのこくまいり)の痕跡が残された杉の木があります。

それが「いのり杉」という木です。

場所は、一願成就の神様「おかげ明神」の裏側です。

いのり杉は、わら人形を五寸釘で打ちつけて相手を呪う丑の刻参りに実際に使われていた木で、その木肌にはおぞましい五寸釘のあとが今でも残っています。ぜひ、ご自身で見に行ってください。

いのり杉の側には、人形祓い所(ひとがたばらいじょ)があり、台の上には人形(200円)があり購入できます。

この人形は悪縁切りや、厄払いの強い効果があるとされています。

人形の左側(人形の右手)に「性別と年齢」、右側には「願い事」、そして胴体には姓名を書きます。

そして台の横には水が入った桶が置いてあり、そこに人形を浮かべるとゆっくりと水を含んで沈んでいくんですが、その時に文字の部分だけが浮かび上がり、人形だけが沈んでいくそうです。

そうして悪い縁を切り離してくれるそうです。

縁結びで大変有名な神社ですが、こうした側面があるのもこの鳥辺野という地の名残でしょうか。

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まとめ

人で賑わう清水寺に向かう三年坂から少し外れると、昼間でも異様な雰囲気がただよう鳥辺野の広大な墓地へと続く道があります。

もしうっかり迷い込んでしまったら、知らず知らずのうちに異界の京都をさまよってしまうことになるかも知れませんよ。

三年坂でも転んでしまわないようにお気をつけください。

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