『ダンディな釣り人』 作・春名功武

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〈あらすじ〉

真っ白なスーツを着込み、鰐革の靴を履き、頭の上にはシルクハット。そんなダンディな彼が、磯釣りの穴場スポットで釣りをしている。いったい何を釣り上げようとしているのか…

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〈本文〉

意外過ぎる先客に、中川は2度見どころか、3度見4度見した。中川でなくても彼の装いを見れば、皆似たようなリアクションになるだろう。

彼は一言でいうとダンディ。パリの一流の仕立て職人にあつらえてもらったという真っ白なスーツを着込み、足元は上等そうな鰐革の靴を履いていた。

革靴ももちろんオーダーメイドで、注文してから完成まで3年は要するという、たいそう拘りの強い職人に頼んだとかで、さぞかし履き心地が良いんだろう。

特に印象的だったのは、頭の上にのっているシルクハット。鳩でも飛び出してくるのではないかと思うほど、大袈裟な作りに誰もが視線を向けるに違いない。

パーティー会場で見かけたのであれば、中川も4度見はしなかっただろうが、ここは岩場(磯)。しかも地元の人でも余り立ち寄らない磯釣りの穴場スポットで、相当な釣り好きでなければ知り得ない特別な場所だ。

ダンディな格好をした彼が、こんな場所でいったい何をしているのか。それが普通に釣りをしているのだから、4度見なのだ。磯釣りをするなら、中川のように完全防水防風のジャケットでなければ、あっという間に水浸しになってしまうことなど、ド素人でも考えれば分かる。

ほら、見たことか。波しぶきを舐めるからだ。自慢のスーツが水を含んでみるみると変色していっている。今日は冷えるから、さぞかし寒いだろう。

中川は彼に背を向ける形で、磯釣りを始めた。できるだけ関わりたくないのだろう。磯釣りでの狙い目の魚といえば、イシダイ、メジナ、チヌ、マダイなどがあるが、この日中川が狙っていたのはメジナ。

メジナは、豪快な引きの強さがある上、臆病者で警戒心が強いと言われているから、慎重に駆け引きをしなくてはいけない。それが釣り人を魅了して虜にしている由縁だ。

ダンディな彼の方からカリカリと釣り竿のハンドルを巻き上げる音が聞こえてきた。関わりたくないと思ってみても、この瞬間ばかりはやっぱり気になる。中川はさり気なく、彼に視線を向けた。

彼の持つ釣り竿は、確かにしなってはいたが、引きの強さはそれほど感じられなかった。海面から現れた釣り糸を見た瞬間、中川は思わず吹き出しそうになってしまう。

釣り針に掛かっていたのは、ビニール袋だった。キザなカッコしてビニール袋というのが、ギャップがあって面白く感じられた。それに、女をナンパしているんじゃあるまいし、魚だってそんな格好したヤツに釣られたくないだろう。

慣れた手つきで、中川はメジナの仕掛けを完成させる。そして地平線に向かって、勢いよく竿を振りおろし、海に糸を投げ入れた。そして本当に何気なく、ダンディな彼の方に視線を向けた。

ちょうど彼が仕掛けを取り付けるところだった。仕掛けは、魚の数と同じだけさまざまな種類がある。中川ぐらいになると、仕掛けを見れば狙っている魚が何なのか分かるはずなのだけど、彼の仕掛けを見た中川は目をパチクリとさせていた。

ゴツゴツの岩場に置かれてある高級ブランドのボストンバッグは、もちろんダンディな彼のもの。彼はそこから、宝石箱を取り出した。プロポーズをするかのように、パカッと蓋を開けると、中にはルビーの指輪が入ってあった。それを取り付けやすく改造した釣り針にガチャと装着したのだ。そして地平線に向かって勢いよく竿を振りおろし、海に糸を投げ入れた。

海底は、中川の取り付けたエサのオキアミとルビーの指輪が沈んでいるという異様な光景だ。彼がいったい何を釣り上げようとしているのか、意味不明である。気でも違えたかと思った方が、納得がいく。

そんな事を考えていたものだから、中川はメジナが食いついた事に気が付かなかった。釣り竿が大きくしなっている。

「あの、引いていますよ」
ダンディな彼が見かねて言ってきた。

「あ!」と発した中川は、慌ててリールを巻き上げたが、とてもスムーズとは言えなかった。見るからにパニックっていて、まるで素人。こうなると、全身完全防水のジャケットが、いかにも素人が形から入っているようで、逆に恥ずかしく見える。

引き上げるのが一足遅かったのか、釣り糸には何も掛かってなかった。
「残念でしたね」
ダンディな彼は中川に微笑んでみせた。中川は苦笑いを返すのが精一杯だった。

それから間もなく経ってのこと。今度は、ダンディな彼の方が「あ!」と声を張り上げた。どうやら彼の仕掛けにも何かが食いついたようだ。

懸命にリールを巻き上げていく彼を改めて見ると、素人ではない事は一目瞭然だった。釣り竿の扱いに慣れている。そうなると、真っ白な特注のスーツも仕掛けに宝石を使っている事も、ふざけてやっているようには見えない。

それにしても、この時の中川の熱視線は凄かった。何が釣れるんだ!見逃してたまるか!といった具合で凝視していた。

格闘の末、巻き上げられた釣り針には、残念ながら何も掛かってなかった。ルビーの指輪もそこから消えてなくなっていた。竿は確かにしなっていた。いったいあの仕掛けに、何が掛かっていたと言うのだ。

それからも彼の常軌を逸した行動は続いた。ボストンバッグの中から高級ブランドの腕時計を取り出し、先程と同様に改造を施した釣り針に取り付けて、当たり前のように海の中に投げ入れた。そしてしばらくして、リールを巻き上げると、そこにはもう高級腕時計は無くなっていた。

中川はというと、仕掛けを取り付ける手が止まってしまったまま、ダンディな彼に魅入っていた。こんな精神状態なら、またメジナを逃がしてしまうのがオチだが、今はもうメジナなんかよりダンディな彼に関心を持って行かれていた。

そんな関心のあるダンディな彼から、
「今日の狙いはメジナですか」
と話しかけられた。仕掛けを見て分かるとは、やはり素人ではないようだ。
「あ、まぁ、はい」
中川は戸惑いながら答えた。こういう釣り人同士の何気ない会話は、珍しいものではない。中川だって聞いていいのだ。摩訶不思議な出来事の連続で、勝手に見てはいけないものを見ているような感覚に陥っていたから、そんな事まで思い至らなかった。

ダンディな彼がボストンバックからオパールのネックレスを取り出し釣り針に取り付け始めたので、中川は思い切って聞いてみた。
「あの、何を狙っているんですか?」
すると彼ははっきりとした口調でこう答えた。
「人魚です」
に、人魚。中川の目が点になった。メジナを狙っている横で、人魚を狙っている。これは、からかっているのか?それとも、人魚という何か別の魚がいるのか?
「人魚って…」
「ああ、上半身が人間で下半身が魚のあれです」
「ああ、あれですか…」と言ったものの、納得出来るわけがない中川は「人魚っておとぎ話っていうか、架空の生物なんじゃないんですか」と、大真面目な顔して尋ねた。
「私も最初はそう思っていたのですがね」
ダンディな彼はそう言うと、釣り竿をその場に置き、ボストンバックの方に近づいていく。今度はいったい何が出て来るというのだ。

ボストンバックから取り出されたのは、四つ折りになった大きな和紙で、広げると、墨でくっきりと人魚がかたどられてあった。
「それは…」
「人魚拓です」
「に、人魚拓!?」
「一度だけ釣った事があるんです」
嘘だー!と中川は思ったが、初対面だった事もあり口にはしなかった。人魚拓だって。馬鹿馬鹿しい。作り物に決まっている。やっぱりからかっているんだ。しかし…

ダンディな彼は、その時の光景に思いを馳せながら、照れたように話し始めた。
「ブロンズの長い髪、大きな青い瞳、吸い込まれそうな白い肌。美しいなどと言う言葉では片付けられない、妖艶で神秘的な女性でした。彼女ね、私の方を見て、ニコリと微笑んだんですよ。その笑顔が忘れられなくて……」
そこには、恋をするひとりの男がいた。
「魚拓をとったあと、思わず魅入っていたら、逃げられてしまって。本当悔やまれます」

ダンディな彼にとって、ここはお見合いの場のようなものであるから、真っ白なオーダーメイドのスーツを着込んでいるのだ。人魚に気に入られたく、良い男だと思われたい。恋をして周りが見えなくなったというわけだ。

「だけど、人魚を釣ろうなんて思うもんじゃありませんね。お金が掛かって仕方ありません」
そう言うと、ダンディな彼はオパールのネックレスを取り付けた釣り竿を持ち上げて見せた。潮風にあおられたオパールは、ブランコのように弧を描いて行ったり来たりしている。陽の光を浴びてキラキラと光りまぶしいほどだった。

「人魚には、そういう仕掛けが有効なんですか?」
中川は彼の話を鵜呑みにしたわけではないが、さんざん豪華な仕掛けを見せ付けられてきたので、聞かずにはおれなかった。
「人魚も女性ですからね。女性はやっぱり宝石や高価なブランドに目がないでしょう」
「ああ」人魚にブランドの価値なんて分かるのか…
「それに、人魚がミミズやオキアミを食っているところはイメージが沸かないですし」
ダンディな彼は肩をすくめた。確かに人魚がミミズを食っているところは想像しにくい。中川は妙に納得し「なるほど」と何度も頷いた。

ダンディな彼は釣り竿を地平線に向かって、大きく振り下ろし、オパールを海の底へと投げ入れた。

しばらくして、ダンディな彼の釣り竿が激しくしなった。慌ててリールを巻き上げていくと、海面から現れた釣り糸の先から、オパールは消え去っていた。

何かがオパールに食いついて奪い去ったのだとしたら、それはメジナではなく人魚だと言われたほうが、納得がいく。このダンディな彼は、本気で人魚を狙っているのだ。まさかこの海に、まだ知らない伝説の魚がいたとは…

「これが最後…か」
ダンディな彼がボストンバックから取り出した宝石箱の蓋を開けると、ダイヤモンドの指輪が眩い美しい光を帯びていた。先程までの品とは桁が一桁違うのは、その輝きを見れば一目瞭然だった。

「最後ってどういう事です?」
「残念ながら、資金が底をつきました」
人魚釣りには莫大な資金がかかるのは明白。ダンディな彼はダイヤの指輪を、噛みしめるような思いで釣り竿に取り付けようとしている。中川は何と声を掛けていいのか分からなかった。

ダンディな彼は釣り竿を地平線に向かって大きく振り下ろし、ダイヤの指輪を海の底へと投げ入れた。
「分かった事があります。人魚は、人間の女なんかより、上品で高貴で、簡単には釣れないって事です。どんな腕自慢の釣り人でも無理でしょうね」

あれから数日が経った。磯釣りの穴場である例の岩場に燕尾服姿の中川がやってきた。一応、ダンディな彼をまねて正装をしてきたのだが、父親が結婚式に着たという燕尾服を実家のクローゼットから引っ張り出してきたために防虫剤臭かった。

ダンディな彼との出会いは、中川の釣り人としてのプライドを刺激した。腕に自信のある釣り人ほど、釣ったことのない大物を釣り上げてみたいという衝動に駆られるものだ。

ボストンバックを岩場に置くと、中から取り出したのは、昨日貯金をはたいて購入した宝石だった。宝石に興味のない中川は、店員に勧められるままに一番人気だという20万円もするダイヤのネックレスを購入した。

あの日ダンディな彼から譲り受けた釣り竿にダイヤのネックレスを取り付けると、さっそく、海の底にダイヤのネックレスを投げ入れた。

色鮮やかな魚やサンゴがイルミネーションのように美しく彩られる中、引けを取らない輝きを見せるダイヤのネックレスは、潮に煽られユラユラと優雅に揺れていた。

海底で、ゆっくりと近づく黒い影。ダイヤのネックレスの前に辿り着くと、手に持っていたリモコンの《開》ボタンを押す。するとネックレスを取り付けてあった個所が開き、簡単に取り外す事が出来る。リモコンには、他に《閉》ボタン、《しなる》ボタンがあった。

「一丁、あがり」
ダイビングスーツを着込んだダンディな彼が、ニヤリと厭らしい顔を張り付かせた。そして、次のポイントへとゆっくりと泳いでいく。

その辺りの岩場には、彼にまんまと騙された釣り人たちが高価な品を海に沈めていた。

彼の仕掛けに釣り人が食いついたというわけだ。彼が釣り上げようとしていたのは、人魚ではなく釣り人であった。

こんな事を思いついたのは、彼の祖父が死んで遺品整理をしている時に古いつづらの中から、人魚拓を見つけたのが始まりだった。骨董品を集めるのが趣味だった祖父が、骨董市で面白半分に買ったものだろう。

「おかげで、儲けさせてもらっているよ。しかし本当馬鹿な奴らだ。少し考えれば、人魚なんているわけがないと分かりそうなものなのに」
ダンディな彼は間抜けな釣り人の顔を思い浮かべて笑った。その時、銀色の尾鰭で海中を蹴り上げる黒い影があった。それは瞬く間にダンディな彼の背後に妖しい肢体をさらした。日本の海で襲われるなど想像もしていなかった彼が、気配を感じて振り返り馬鹿ズラをさらした時には既に遅かった。

ガーっと大きな口をあけた人魚が、彼の頭をめがけて…

海の中には、釣り人たちが垂らした高価な宝石が美しい光を放っていた。しかしそんなものには全く興味を示すことなく、人魚は優雅にその場を去って行くのであった。

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作者プロフィール

春名功武(はるないさむ)

1977年、兵庫県生まれ。2000年大阪シナリオ学校演芸放送台本科卒業。第7回テレビ朝日21世紀新人シナリオ大賞優秀賞受賞。フジテレビ『世にも奇妙な物語』の脚本を執筆。第1回日経「星新一賞」優秀賞(JBCCホールディングス賞)受賞を経て、小説家としてデビューする。2015年からアニメ「ちびまる子ちゃん」の脚本をレギュラーとして担当し現在に至る。

【問い合わせ先】

メール:i.haruna@samba.ocn.ne.jp

小説を読もう!」にて作品掲載中。

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