『新★痛み止め薬』 作・春名功武

〈あらすじ〉

元大手製薬会社研究員の男が、全く新しい痛み止め薬を開発したのだが…

〈本文〉

都内にあるおんぼろアパートの一室で、薬の研究をしている男がいた。男は昔、某大手製薬会社で新薬の研究をしていたのだが、上司との折りが合わず退職した。

変わり者の男は他の製薬会社には転職せず、貯金を切り崩しながらひとりで研究を続ける道を選んだ。

男は非常に頭が良かったが、だらしない一面があり、部屋は散らかっていた。大事なはずの顕微鏡、試験管、プレパラート、実験結果の書かれたレポート用紙などが、飲み掛けのカップやコンビニ弁当の空容器などと一緒くたに机の上に置かれてあったし、流し台には使った食器やグラスと一緒に試験管やビーカーなどが放置されてあった。床には脱ぎ捨てられた衣類がいくつも転がっており、生活臭もした。典型的なだらしない男の一人暮らしの部屋であった。

そんな部屋に、仲の良かった昔の同僚を呼んだ。
「相変わらず汚い部屋だな。少しは片付けたらどうだ」
「ああ、また時間のある時にやるよ」
「君はそうやっていつも後回しにして、絶対やらないだろう」
「やるよ。近いうちにするさ」
「こんなところじゃ、まともな研究も出来ないだろう。僕が話を付けてやるから、戻ってこいよ」
「大きなお世話だよ。誰があんな保守的な会社に戻ってやるものか。それに、もう君に心配をかける事もなくなるよ。ついに画期的な新薬が完成したんだ。今日は君にそれを見せたくて来てもらったんだ」

同僚はどうせくだらない薬だろうと思った。材料も器具も揃わないこんな環境で画期的な薬など出来るわけがない。

男は使い込まれた小さな冷蔵庫を開けると、中からジップロックを取り出した。何が入っているのかと思えば、カラフルな錠剤が三錠入っていた。
「これなんだ」
「ふ~ん。画期的って何の薬なんだ?」
「痛み止めだよ」
「痛み止め!そんな物なら随分昔からかなりの種類が市販されているじゃないか」
「従来の物とは用途が違う。これは、心の内面に痛みを感じた時に飲むものなんだ」
「精神安定剤って事か」
「それとは少し違う。そんな大袈裟なものじゃないんだ。もっと些細な誰にでも起こるような痛みだよ」
「よく分からないなぁ」
首をかしげた同僚に、男はこう答えた。
「例えば、車の中に鍵を置いたまま出て、閉め出されてしまった経験があるだろう」
「ああ、やってしまったってやつか」
「そういう時にこの薬を飲めば楽になるんだよ。あ、そうそう、あと出費がかさんだ時にさ、ああ~、ここでの出費は痛い、と思うだろう。そういう時にも飲むとスーと痛みが消えてなくなるんだ」

同僚は腕を組み考え込むような仕草をしていった。
「それは画期的な薬だと思うけど、痛みを鎮めたところで何も解決はしないだろう。飲む意味があるのか」
「心が痛い時というのは、冷静ではいられないだろう。さらに何か別のトラブルを招いてしまうかもしれない。でも、気分が楽になれば、問題解決のための良い選択が出来るというわけさ」
「ほ~、なるほどね」同僚はようやく感心した。しかし「でも、そんな薬が本当に出来たのか?」と、怪しむように目を細めて男を見た。

男はジップロックの中から一錠取り出し同僚に差し出した。
「ひとつ試してみるか」
「お前、俺で臨床試験する気じゃないだろうなぁ」
「安心しろ。既に有効性、安全性は検討済みだ」
「本当に副作用はないんだろうなぁ」
「疑い深いなぁ。俺を信じろ」
「確かに君は頭が良いが、どうも信じられないところもあるからな」
「なんだと」
「冗談だ。でもいいのかよ。見たところ、あと少ししかないみたいだが」
「資金が余りなかったから、僅かしか作れなかったんだ。臨床試験にいくつか使ってしまい残り三錠しかないが、一錠ぐらいなら君に分けてやってもいい。薬の製法はちゃんと書き留めてあるから、資金さえ用意出来ればいつでも作れるしね」
こうして同僚は痛み止め薬を持って帰っていった。

数日後。同僚は興奮した様子で男のおんぼろアパートの一室にやってきた。
「効いた。効いたぞ」
「聞いた?何を聞いたんだ」
寝ているところを叩き起こされた男は、話についていけてなかった。
「薬だよ。君が開発した痛み止めが効いたんだ」
「ああ、その事か。そら効くだろうよ」男は驚きはしなかった。当然といわんばかりだった。「それで、どういう時に飲んだんだ?」
「今月学生時代の友人が3人も結婚するんだ。3人から結婚式に呼ばれたんだけど、お祝いの事を考えると憂鬱でならなかったんだ。君も知っての通り、うちの会社給料が安いだろう。正直、痛いなぁと思ったんだ」
「なるほど。で、飲んだんだ」
「ああ。君の薬の事を思い出してさ。試しに飲んでみたんだ。そしたら、驚いたよ。飲むまで痛くてしょうがなかったのに、飲んだ途端スーと痛みが消えてなくなったんだ。それどころか何だかとても清々しい気分だったよ」
「な、素晴らしい薬だろう」
「ああ、これは凄いよ。これなら絶対売れる。僕が間に入ってやるから、うちの会社で商品化しよう」
「本当か。それは嬉しいなぁ」
「善は急げだ。早速行こう」
「え、今からかい。ちょ、ちょっと待ってくれ。薬の製法を書いた紙を探すから」
「探すっておまえ、そんな大事な物をちゃんと保管してないのか。呆れたもんだ」

男は苦笑いを浮かべながら、部屋を片っ端から探していく。そこで同僚は、部屋が前に来た時より片付けられている事に気が付いた。脱ぎっぱなしになっていた衣類も洗濯したようで、匂いもましだった。本当に片付けたんだと少し感心した。

「あ~!」突然男は悲鳴に近い声を上げると、洗濯機の所まで飛んでいき、中から洗い立ての白衣を出してきて、ポケットをまさぐった。

ポケットから取り出した男の手には、ボロボロになった紙が握られていた。ボロボロになった紙を広げて、皺を伸ばし繋ぎ合わせるが、そこに書かれていたであろう製法は、文字が滲んでさっぱり読み取れなかった。

「…な、何てことだ…こんな事って…」
男は崩れるようにその場に座り込んでしまう。紙を覗き込んできた同僚も顔を歪め、それでも僅かな望みにかけて男に問いかける。
「作り方、覚えてないのか?」
「何百通りも調合を繰り返したから、全然覚えていない」
同僚は肩を落とした。
「くそ~、これは痛い。痛すぎる」

痛いという言葉に反応し、男はポケットに入れてあった痛み止め薬を何の躊躇もなく口に放り込んだ。ゴックン!

男の顔がパァ~と明るくなる。
「ああ~、全然痛くない。清々しい気分だ」
「ズルいなぁ。君だけ解放されて。実は既に上司に連絡を入れていてね。画期的な薬を持っていくと、大口を叩いていたんだ。製法が分からないなら、これでは大恥だよ。ああ~、痛い」
「僕のせいでもあるし、一錠をあげるよ」
痛み止め薬を受け取った同僚も口の中に放り込んだ。ゴックン!

同僚の顔がパァ~と明るくなる。
「ああ~、清々しい。いい気分だ」
「それは良かった」

しかし次の瞬間、痛みから解放され、冷静になった同僚の顔は青ざめる。
「今、飲んだ薬は最後の一錠なのかい」
「ああ。そうだよ」
「飲まずに薬を分解して成分を調べれば、作り方が分かったんじゃないか…」
「ゔぅううう~、痛い、痛い、痛い、痛い、痛み止めを飲んだ事が痛い~」

作者プロフィール

春名功武(はるないさむ)

1977年、兵庫県生まれ。2000年大阪シナリオ学校演芸放送台本科卒業。第7回テレビ朝日21世紀新人シナリオ大賞優秀賞受賞。フジテレビ『世にも奇妙な物語』の脚本を執筆。第1回日経「星新一賞」優秀賞(JBCCホールディングス賞)受賞を経て、小説家としてデビューする。2015年からアニメ「ちびまる子ちゃん」の脚本をレギュラーとして担当し現在に至る。

【問い合わせ先】

メール:i.haruna@samba.ocn.ne.jp

小説を読もう!」にて作品掲載中。

前回のコラムはこちら↓

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