『私の正体』 作・春名功武

〈あらすじ〉

ひとりのヤクザが刑事の尋問を受けている。実はこの男は、ヤクザに扮して潜入捜査をしている警察官なのだが…

〈本文〉

人通りの少ない路地裏の時間貸駐車場の隅に停めた車の中。後部座席に座らされた俺は、3人の刑事に囲まれていた。

昼食を済ませて自宅に帰ろうと歩いていた俺の元に突然刑事がやってきて、こんな狭いところに押し込んだのだ。ヤクザという職業柄、心当たりはなくはないが、証拠を残すようなヘマはやってない。

「何の用だ」
「そういきがるなよ。今ここでお前を捕まえようってわけじゃないんだ。ちょっと話があってね」
目の前の助手席に座る年期の入った刑事が言う。
「話?何だよ」
「こんな世の中じゃヤクザも大変だろう。肩身が狭くてしょうがないよなぁ」

ルームミラーに映る刑事の何でもお見通しだという顔が、どうもいけ好かない。何も分かっちゃいないくせに、分かったような口をきく。俺をその辺のヤクザと一括りにしているが、それは大きな間違いだ。目に見えているものが全てとは限らない。

俺は…いやワタシは、今はヤクザをやっているが、実は警察官だ。ワタシは指定暴力団・三河会に潜入捜査をしている神奈川県警の警察官。三河会が所持しているドラックの隠し場所を突き止めるのが目的だ。

ヤクザと警官という二つの顔を持つというのは、いつ正体がばれるかも分からない地獄のような日々だ。

この事を知るのは直属の上司のみで、この目の前に座る刑事ごときじゃ知るわけがない。階級でいえば、ワタシはこの刑事よりも上だ。正体を明かし怒鳴りつけてやりたいが、正体を明かすわけにはいかない。

正体…か。まったく自分をマインドコントロールするのも楽ではないな。実を言うと、潜入捜査官というのもワタシの真実の顔ではない。

本当のワタシはチャイニーズマフィアなんだ。顔を少しいじって日本人っぽくしてあるから、まさか中国人だとは誰も勘づいてはないだろう。

日本は金儲けにはうってつけの場所だからな。その為に日本の警察の動向を探る必要があり、警察官として潜り込んだというわけだ。潜入捜査官に任命されるとは、まさかの誤算だった。本当に人生と言うのは思いもしない事が起こるものだ。

思いもしない事といえば、実を言うと、本当のワタシはチャイニーズマフィアでもない。中国を探るために潜入したアメリカのCIA諜報員なんだよ。中国に潜入する時に顔をアジア系に大きく変えたのだ。

中国は脅威だからね。弱みを握る必要があった。CIA時代のワタシは、結婚もしていたし、子供も授かった。幸せな家庭だった。ただね、ずっと妻を騙し続けていたことが心苦しかった。本当に愛していたからね。

騙していたというのは、妻はワタシの事をずっとCIAの職員だと信じ込んでいたが、本当はアメリカの動向を探るために潜入していたロシアのスパイなんだよ。大嫌いなアメリカ人の顔に整形するのは抵抗があったが、正体に気付かれたら命が危ないからね。

言うまでもなく、ロシアにとってアメリカは脅威。やっと核心に迫ったところで、まさか中国を調査するための諜報員に抜擢されるとは、笑い話にもならないよ。

あ、そうそう、笑い話といえば、さっきロシアのスパイといったが、本当はそれも違う。ワタシの真実の顔は、ロシアの動向を探る為に派遣されたアメリカの特殊秘密機関の諜報員なんだよ。二重スパイというやつさ。

だからワタシは、アメリカ人の顔からロシア人の顔に整形して、さらにアメリカ人の顔に整形したという事になるわけだ。

この機関は大統領を含む上層部の数人しか知りえないトップシークレットの組織なんだ。

と言ったところで、これだけ次々と正体が変わっては、いい加減信じてはくれないだろうが、信じなくても構わない。忘れてくれ。

何故なら、アメリカの特殊秘密機関の諜報員も仮の顔に過ぎないからだ。素顔はアメリカの特殊秘密機関を調査するために火星からやってきた、火星調査隊員なんだよ。火星人から地球人への変貌はかなり大変だった。顔の大きさや手の数なんかも違うからさ。大手術になるという話だったんだけど、結局は地球人の体を乗っ取ろうという事でまとまったんだ。

しかし実に滑稽だと思わないか。火星人がまわりまわって、日本のヤクザとして、取調べを受けているんだから。本当信じられないよなぁ。でもこれが真実なんだ。

真実…か。真実というものは、いつだってあやふやなものかもしれない。そうさ、火星人も偽の顔だ。本当は火星の実態を探る為に、遥か銀河の果てからやってきた、ローム星人なんだよ。

地球人からしたら、ローム星人って何だよと思うかもしれないが、ポルゾワの実の収穫量が銀河一の惑星なんだぜ。そのポルゾワの実って何だよ、次々と聞き覚えのない名前が出て来てパニックだよ、と思ったかもしれないが、ポルゾワの実は、ポルゾワの実だし、ちょっと説明しにくい。資源にもなるし、薬にもなる。地球には例えられるものがないんだ。でもあえて言うなら、一番近いのは梅干しだ。

事実は小説より奇なり、とはよく言ったものだ。そうさ、SFものの小説ならここまでだろう。だけど、事実は違う。知らない惑星まで出て来て、この先はもうないだろうと高を括っていただろうが、本当はローム星人と言うのも偽の顔。ローム星の実態を探る為に潜入した、敵対国のムガリバル星からやってきたムガリバル星人なんだ。

地球人からしたら、知らない星の敵対する知らない星の者だと言われても、ピンとこないだろうが、これが真実だ。これ以上はない。本当だ。もうおしまいだ。

改めて自己紹介させてもらう。ワタシは誇り高きムガリバル星からやってきたムガリバル星人。名は、プルぺレス・ガルバム・キリマ・ピロロ・ムロロ・%&$▽〇@&%$(地球にはない言語)。

さて、この刑事たちがそんな事を知るわけがないだろう。誰にでも背負っているものがある。他人が分かるわけがないんだよ。

おっと何やらこの間抜けな刑事たちが、ワタシにこんな話を持ち掛けてきた。
「話っていうのは、先日、お前がよく行くクラブで暴行事件があった。犯人はお前だろう」
「証拠はあるのかよ」
「そんなものどうとでもなる」
「卑怯だぞ」
「そこでだ。取り引きしないか」
「取り引き?」
「暴行事件は見逃してやる。その代わり、警察の犬にならんか」

この取り引きに応じれば、ワタシは警察の犬になる。現在、潜入捜査官としてヤクザに成りすましているわけだけど、警察の犬になるというのは、何だかよく分からない事にならんか。ますます、ややこしい事になるぞ。

え~と、一旦整理すると、ムガリバル星人→ローム星人→火星人→アメリカの特殊秘密機関→ロシアのスパイ→アメリカのCIA諜報員→チャイニーズマフィア→刑事→ヤクザ。そして警察の犬か。ああ~、ややこしい。ややこし過ぎる。

作者プロフィール

春名功武(はるないさむ)

1977年、兵庫県生まれ。2000年大阪シナリオ学校演芸放送台本科卒業。第7回テレビ朝日21世紀新人シナリオ大賞優秀賞受賞。フジテレビ『世にも奇妙な物語』の脚本を執筆。第1回日経「星新一賞」優秀賞(JBCCホールディングス賞)受賞を経て、小説家としてデビューする。2015年からアニメ「ちびまる子ちゃん」の脚本をレギュラーとして担当し現在に至る。

【問い合わせ先】

メール:i.haruna@samba.ocn.ne.jp

小説を読もう!」にて作品掲載中。

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